振り向いた年配のおばさん顔に驚き、人違いでしたらと用意してなかったことばも付け加えた。絶対違う。こんな人が彼女なわけがない。笑いそうになった。きっと戻ってくるわ、私のところに。と思えて軽めに聞いてみた。

「えーと、あの、もしかしたらなんですが、速水浩二さんのお知り合いですか?」

選んでいたクリームを落としそうになるくらい、彼女は反応した。私の耳をじっくり見て、あ、と小さく言った。やっぱりこの人なんだと確信した。ほのかから切り込んだ。

「ひと月、速水さんと過ごしたんです」

「あなたなのね、耳を貸してくれたのは」

「速水さん、すごく優しかったです」

気に入らないように彼女の眉がぴくりと動いたが、出てきた言葉は自信に溢れていた。

「有難うございます。あなたがいなければ速水は心のバランスを崩していたかも」

まるで妻のような受け答えだった。顔を歪めるほのかに、ちょっとお話ししましょうとパン屋のイートインに誘う。その後、彼女から聞いた話は率直でわかりやすかった。

彼女はほのかのように突然に呼び止められ、最初の頃こそ不信感でいっぱいだったが、気がついたら速水のとりこになり、結婚25年になるのにとうとう離婚をしたという。

12歳下の速水のために洋服も変え、髪色もさらに変えようと思い、初めてのカラー剤を使ったところ、大事にしていた右耳の縁が赤くかぶれてしまい、しばらく彼に会わないと宣言したそうだ。

速水が危惧していた体調とは、彼女の耳単体のことだった。

突拍子もない話だが、そんなことを言う男に出会ってしまった私たちはもう共犯者のようなもの。簡単に通じ合う。

「教えてください。彼は私の見せていなかった方の右耳を観察してがっかりしていたんです。私の35歳の誕生日を彼に祝って欲しかったのに」

聞かれもしないのに35と名乗ったのは、それで彼女が少し引くかと優越性を示そうと思ったからに他ならない。

しかし、彼女は背筋を伸ばして勝ち誇ったような顔をして、私の両耳を覗き込み教えてくれた。

次回更新は10月8日(木)、20時の予定です。

 

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