認知症とは

認知症は「記憶」ができない病気だ。言葉尻からも想像はつく。

よくある説明はこうだ。

さっき食べたごはんのことを忘れ、またごはんを食べようとする程度が多くなることが認知症の始まりであり、そのうち家族を忘れ、そして末期は寝たきりなどになる。

ここで私が目の当たりにしたことを踏まえ、もう少し深掘りすると、認知症初期ではその瞬間での会話は問題なく成立する。

長年体に刷り込まれた会話のフレーズは反射となって口から出てくるのだ。

しかし、これが認知症かどうかの判別を難しくする。こちらからすると、一見会話が成立しているように錯覚するからだ。しかし、会話を繰り返していると話の辻褄が合わなくなる。

おそらくこれが認知症初期症状である。母が一人暮らしを始めてからすぐに、何かおかしいな?と思うことはよくあった。

ただ、母は七十歳を超えているし、少し勘違いしているのかな?とあまり深く考えなかった。

変化の少ない母の日常生活においては些細な食い違いにすぎないため、見過ごしてしまう。しかし、この状態は既に身内の意見や環境の変化に対して素直に応じられない状態になってきていると考えたほうがよい。

父が他界して間もなくの母はこの状態だった。

ここから認知症が進行すると、会話のキャッチボールが明らかにできなくなる。

相手が発した言葉を「記憶」し、自分の「記憶」と関連付けて返し、その会話のやり取りを通してお互いに共通する認識を広げていくことができない。

約束事などは典型的な例だ。

例えば、駅で待ち合わせの約束をした相手が現れなかったとする。

約束した相手が認知症でなければ、ただ忘れてしまったか約束の時間を勘違いしていたのだろう。

このことを指摘すると、相手が約束したこと自体を思い出せなくても迷惑をかけてしまった事実に、相手は少なからず反省をする。これは物忘れの部類になるだろう。

一方、相手が認知症だった場合は、そんな約束事自体の認識はなく、相手に迷惑をかけたという発想もない。

つまり自分は常に正しいため反省しようとしない。

もし相手が友達という関係性であれば、話が噛み合わないから付き合いをやめよう、と距離を置けば済む話であるが、これが身内となるとそうはいかない。

逆に様子がおかしいため距離を縮める必要があるのだ。

距離が縮まるほど会話で共有したはずの認識が記憶できない認知症は猛威を振るう。

こちらは会話のキャッチボールを介し、母の現状をお互いに省み、お互いに打開策を見いだし、それを実行したいだけなのだ。

しかし、母にその「記憶」がなければ、母にとっては反省すべき現状など存在しない。

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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