【前回の記事を読む】四方を海に囲まれた日本に、“中央集権”は本当に必要だったのか…明治政府が闇雲に輸入した制度の代償は、今も色濃く残っていて……

序章

【根本原因】――三つの構造的な誤り

現在の日本は、立法・行政・司法の三権に加え、財政・教育・外交すべて国に権限が集中する官僚主導の中央集権国家(以下「官僚国家」)でありながら、なぜか議院内閣制を採用している。

中央集権制と議院内閣制の組み合わせは理に適っておらず、その組み合わせでは官僚が実際の国家運営を主導・支配することになり、実際に明治以降現在までそうなっている。

しかも、彼らは選挙の洗礼を受けないという大きな問題がある。そもそも中央集権国家で議院内閣制を採用しているような国は、世界広しと雖も存在しないのではなかろうか。少なくとも先進国の中には存在しない。

日本は国レベルでは議院内閣制を採用し、地方自治レベルでは大統領制を採用しているが、これは本来的に逆である。

地方政治では、その地域を熟知する人物が議会の信任を得て首長になるべきである。地方こそ、議院内閣制を採用するのが理に適っている。

地方で大統領制を採用しているため、官僚出身者が国政政党の支援を受けて首長に就任するケースが多く、全体の約7割が天下り首長である。

どうしても議会との対立や職員とのパワハラ問題が生じやすいし、実際に数多くの事例が報告されている。

地方自治を真に機能させるためには、故郷の発展に人生を捧げるような気持ちを持った人が、周りの推薦を受けて議会で選出される制度への転換が必要である。

地方こそ議院内閣制を採用すべきであり、すべての首長選挙は不要である。選挙にかかる費用と時間が無駄になっている。

制度的矛盾は、人間の身体で言えば、「歪み」である。この歪みがあらゆる病を引き起こす要因となる。

少子化・人口減という現象も、こうした歪みの延長線上にある。自分の身体の歪みになかなか気付かないように、制度の歪みは自覚しにくい。

しかし、不自然な姿勢を取り続けていれば歪みは固定化し、元に戻せなくなり、時には死に直結する。

イエスは不自然な格好を強いられた果ての圧迫死であったと言われている。同じ運命を辿らないようにする必要があるが、タイムリミットが迫っている。制度の全面的な見直しが急がれる。

憲法改正は、もはや9条や緊急事態条項という個々の問題を解決すれば良いというレベルではない。

前文に日本の歴史と文化、さらには国際社会の中での日本の役割を書き込んだ上で、整合性のある制度を構築して条文として書き込む必要がある。

求められているのは、国家の構造そのものの再設計である。そしてそれがひいては「少子化・人口減」の処方箋にもなる。