馬に従って歩く野須良に飯豊は、
「大王の具合はそんなにお悪いの?」
と能天気に尋ねる。すると野須良は、
「今の蟻様の頭の中は、むしろ次の大王のことで一杯なのでございましょう」
「とはいっても、次の大王は軽(かる)王様と決まっているのではないの?」
「それがそうもいかないようで……」
野須良は言葉を濁し、飯豊もそれ以上尋ねることはなかった。軽王とは、現大王の長子にして日嗣(ひつぎ)(次期大王)を指名されている御子である。
蟻が大王の宮殿に到着した頃には、すでに陽も傾き、先ほど出たばかりと思われた葛城の山々の稜線は深いシルエットとなり、初冬の冷ややかな風が乾いた枯れ草の匂いを伴って広々とした大王宮の庭を吹き抜けていく。
(この分では、ひめの到着は日が暮れてからになるな……)蟻がそう呟きながら大王宮に続く門をくぐると、あたりはすでに物々しい雰囲気に包まれている。冑甲(かっちゅう)をまとった衛士(えじ)の長(おさ)が蟻の姿を見留めると、恭(うやうや)しく一礼したのちに群臣が集う館へと案内した。蟻はそこで目ざとく飯豊の父、押磐王を見出すと挨拶もそこそこに、
「して大王のご容体は?」
と尋ねた。押磐王にとって蟻は義父であると同時に叔父にもあたる。つまり蟻の妹が押磐の母であり、その娘が押磐の妻であった。本来の長子相続であれば、イザホワケ(履中)の嫡孫にあたる押磐こそが大王となるべきであったのだが、大王家始まって以来の兄弟間継承が相次いだことにより、大王位の行方は一筋縄ではいかなくなっていた。
「さきほどすべての妃、御子様が大王の臥所(ふしど)にお入りになったところだ。私も今まで妻や二人の王とともにその傍(かたわ)らに侍(はべ)っておったのだが……」
「それはお寒いなか、大儀なことで」
大王の宮殿の周りには無数の篝火(かがりび)が焚かれ、松明をもった大勢の衛士たちの東国や西国訛りの強い怒声が飛び交っていた。当時、地方豪族はこぞって大王家への忠誠の証し、あるいは情報収集の手段として、多くの人員をこの大和に送っていたのである。
館の中からは、天つ神に祈りを捧げる巫女の低い声がとぎれることなく聞こえてくる。
蟻は娘婿とともにいた娘、荑媛(はえひめ)や幼い孫の億計(おけ)王と弘計(をけ)王との再会を喜ぶ暇もなく、事態を把握すべく、葛城一族の長である円大臣(つぶらのおおまえつぎみ)(※)の姿を探した。ほどなく現れた円大臣は蟻の顔を見出すや、彼を群臣が控える部屋の隅に誘った。円もソツヒコの孫であり、蟻の従弟にあたる。
「大王はまもなくお隠れになる。そなたも知っておろうが、軽王の日嗣はあるまい」
「それでは、巷の噂はやはり本当で……」