私は定秀が主君と仰ぐ六角佐々木氏の影を見る。鉄砲の名だたる産地・国友(現滋賀県長浜市)は、近江北半国の守護、京極佐々木氏の領下にある。

近江源氏の両佐々木氏は仲がよろしくない。

ともかく日野が鉄砲産地となったことは、領主・蒲生氏にとっても日野町民にとっても悪いことではない。

日野は鉄砲の産地としても名を馳せるが、その商法は定かでない。

関ヶ原合戦に三〇〇挺を、大坂夏の陣に一〇〇挺を徳川氏に献上したとの記録が残るが、各陣営からの注文もあったであろう。

当時、上方における鉄砲の三大産地は、日野・国友・堺である。江戸時代初期、日野には三〇〇軒余の鉄砲鍛冶がいたと元文三年(一七三八)にも記録が残る。

遡って石山合戦でも日野の鉄砲は活躍したのではないか。

日野牧は一大真宗王国である。元亀元年(一五七〇)から天正八年(一五八〇)にかけて行われた織田信長と真宗本願寺のこの戦いに、馳せ参じた日野真宗門徒は、鉄砲隊ではと推察してみる。

門徒各人それぞれが力に応じて合力し、鉄砲を購入。出陣する門徒に託したとしても不思議ではない。それゆえ日野牧隊は、鉄砲の名人が揃う雑賀隊に配されたのであろう。

真宗の拠点寺院であった日野牧五カ寺の一つ、明性寺(日野町増田)の住職・賢了は、この地で戦死している。

 

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