暫くして、Milbankのオペラ好きでもあったリチャードからお誘いがあって、MET(メトロポリタン歌劇場)へマダムバタフライ(蝶々夫人)を観に行った。

Rudel指揮のMETらしい豪華な舞台ではあったが、出演歌手のことは詳しくは覚えていない。ただ、スピントを効かせた病んだヴィオレッタの力強さには、驚かされたことが印象に残っている。

4000席を超える空間を満たすためには必要であったのかもしれない。幕間に中2階のテラスで食事をしたり、プラスティックのグラスに注がれたシャンパンを片手に、想い出話に花を咲かせた。

第2幕後の休みにふとリチャードは漏らした。「ジェルモンの気持ち、よく解るよ……」と言いかけて、言葉を飲み込んだ。

あの頃はこうした形の接待は一般的であった。

それから1年位経って、2.26事件と言われるワールドトレードセンター地下爆破事件の混乱があった後、リスクを取るのを恐れ物事の判断を避ける、無為の新支店長の気を日頃から損ねていた自分は、「太平洋を越えて香港に飛ばしてやる」との発令で、NYを去ることになった。

その後1年もしないで、米人のチームメンバーより香港で10通余りの手紙を受け取ることになるが、転職後の新しい職場での活き活きした活躍の様子が伝えられていた。彼らとはそれからも、そして今でも友人である。

アルカイダの関与が疑われた爆破事件に懲りた幾つかの日系他行は、リース契約が切れるとオフィスをワールドトレードセンターより移転させて行った。

CITIのクリスは凝った送別会を催してくれた。

彼と部下のハンス、担当のエド、それに私の4人で、よく一緒に行ったダウンタウンのバーで待ち合わせ、用意してくれた白いストレッチリモに乗って、ミッドタウンのSparksでステーキディナーを、ビンテージのコルクがボロボロになったPetrusを開けて合わせて楽しみ、マンハッタンを走り回りながら屋根を開けたリムジンから夜景を堪能し、冷蔵庫にあったシャンパンを何本も空にした。

スカンクやアライグマも出没する郊外のGlen Rockの我家には空が白む頃に、その車で送り届けてくれた。近隣の住人からは後日、“一体何だったの?”と聞かれたことを思い出す。

子供の夏休みに合わせて一旦家族を日本に戻し、出発までの3週間余り、アッパーイーストサイド70丁目に有ったWestberry Hotelから通うこととなった。同区画にあるフリック・コレクションでの絵画との対話に、頸木から外れた時間を振り向け心を遊ばせた。

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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