〈モンゴル国境へ 1945年7月〉
昭和二十年七月十五日、午前四時、週番司令として営内巡視を終えて小雨上がりの美しい空を眺めていた。あっ、チチハルにもこんな美しい月があったのか。
俺は後何日生きているだろうか…今後の運命はどうなるだろうか?…
チチハルは満州(注1)にあり、砂漠周辺の草原地帯の遊牧民と、穀作地帯の農民との交易都市として発達してきたという。
冬季は風が強く砂を噴き上げ、女は外を歩くときには砂除けの寒冷紗をかぶって歩いていた。黄塵万丈、太陽は黄色く見えることが多かった。
午前八時頃より大興安嶺山脈にある五叉溝(ウサコウ)に移駐する目的の行軍が始まった。
五○○kmを一日三〇kmの徒歩の輓(ばん)馬行軍で、国境の警備につけというのだ。
何故列車輸送しないか? 軍では秘密にしていたが、内地を飢餓から救うため、満鉄と朝鮮鉄道は、全力を挙げて穀物を輸送しているとの噂だった。
この俺たちが前世紀の遺物の明治三十九年の三九式輜重車(注2)で、兵はたった今召集した老兵などで、どうやって戦闘間の輸送や補給ができるんだい?
おまけに銃も鉄帽も、多数内地に送らされてしまったから、十数人に一個しかないのだ。
(注1)現在の中国東北地方。1636年満州族によって建国された「清」は、1912年まで中国本土も支配した。
(注2)輜重(シチョウ):水食糧・武器弾薬・各種資材の輸送。父の部隊の輸送には三九式という木造の荷馬車が使われた。補給戦(兵站)の重要性の認識に欠ける日本軍はいたるところで、みじめに戦うことになる。
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