母さんは地元のミスコンテストで優勝するほどのかわいらしい娘で、父さんはベタ惚れしていた。

「サトコちゃん、ちょっと東京へ遊びに行こうよ」。何度断られても東京へ連れて行こうとめげずに誘った。母さんの実家へも挨拶しようと押しかけたが、母さんの両親からは全く好かれずに付き合いも大反対されていたという。それでも父さんは嬉しそうに、母さんの実家前で二人一緒に撮ったスナップ写真を私たちに見せながら当時をよく振り返っていた。

父さんが口説き始めて半年ほど経った二月のある日。雪が舞い散る早朝、下宿の階下から誰かが母さんを呼ぶ声がした。何ごとだろうと窓の外を見ると、満面の笑顔で手を振る父さんが見上げていた。

鼻を赤くした父さんは、傘もささずに肩には雪が積もり始めていた。そんな父さんを見て、とうとう母さんは両親に内緒で散髪屋を飛び出して、そのまま二人で上京してしまったのだ。

母さんによれば「ごく軽い気持ちで父さんについて行っただけ」だった。実はその頃、母さんの実家は家族全員でブラジルへ移住する計画が進行中だったのに、一人娘がいつのまにか、「どこの馬の骨ともわからない」男と突然東京へ去ってしまって一家は大パニックになった。

母さんの兄弟は全部で六人。貧しい香川の狭い地では六人が食べて行ける土地が足りないと、一家は夢の新天地である遠い異国へ移住することで、家族全員が貧困から脱出する希望を抱いていたところ、愛娘が駆け落ちをしてしまったのだ。

両親はかわいい娘を一人だけ日本に置いたままではブラジルになど行けなかった。仕方なく上の三人兄弟だけが渡航することになり、両親と母さん、弟二人は日本に残ることになってしまった。

昭和三十六年、日本から地球の裏側にあるブラジルまでは二カ月間もかかる船旅で行くしか他に方法がなかった。船上では着の身着のまま、甲板などで休息するという過酷な旅だ。簡単に行き来もできない。ひとたび行けば、今生の別れになる──当時はそれが普通だと考えられていた。

家族は一人娘の駆け落ちのせいでバラバラになり、もう二度と会うことが難しくなってしまった。母さんの両親が父さんを毛嫌いしたのにはそんな背景もあったのだ。

 

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駆け落ち後すぐに身籠ったという娘…心配で見に行くと、お腹の大きくなった娘に、男は拳を…あまりのむごさに耐えきれず、帰ってしまった。

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