生き残った信長(桶狭間の戦い)

武田信玄の領地甲斐(山梨)は山国である。

海を持たないから塩が生産出来ない。塩がなければ人は生きていけない。

日本海を目指して上杉謙信と戦った。五度に亘る「川中島」の決戦である。

勝敗がつかない。関東の北条に攻め込んだが、難攻不落の小田原城を落とせず、撤退した。

そうした経緯の末、甲斐の武田・関東の北条・東海の今川三家で甲相駿三国同盟を締結するに至った。

この均衡の一角が破れたのが、桶狭間の戦いである。

一五六〇年六月、二万五千の大軍を率いて、今川義元は隣国織田信長攻めに立ち上がった。

織田家は新興ではあるがまだ弱小大名で、今川の大軍に攻撃され、砦は次々に陥落し、命運尽きた様相になった。

もはやこれまでと、夜の明ける前に、二千の兵士を秘かに結集した織田信長は決死の覚悟で、戦勝に酔い油断気味の今川義元の本陣に奇襲をかけ、義元の首をとった。

今川勢は総崩れで領国に逃げ帰った。

 

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