この物語は、血で血を洗う戦国時代から徳川幕府による二百六十年余の長期平和時代へ移行する過渡期の物語である。従って戦国時代について、予備知識程度に述べてみたい。足利尊氏は後醍醐天皇の呼び掛けに応じて、鎌倉幕府を打倒し、室町幕府を開いたが、あくまでも天皇親政を主張する後醍醐天皇と意見が合わず、後醍醐天皇は天皇親政による都を吉野山に移し(南朝)、尊氏は京に光明帝(北朝)を擁立して自身の正当性を主張した…
徳川家康の記事一覧
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歴史・地理『我が陣営にあるべし』【第7回】林口 宏
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歴史・地理『我が陣営にあるべし』【第5回】林口 宏
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歴史・地理『我が陣営にあるべし』【第4回】林口 宏
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歴史・地理『我が陣営にあるべし』【第3回】林口 宏
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歴史・地理『我が陣営にあるべし』【第2回】林口 宏
蓮如の布教以後、浄土真宗一色に塗りつぶされていった「真宗王国」矢作川流域。この地を治めたのは、徳川家康の祖先である松平氏で…
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歴史・地理『我が陣営にあるべし』【新連載】林口 宏
徳川家康・天下太平の影に三河牢人!? …300年以上続く「徳川家」「水野家」の協力関係、その始まりの言葉が「我が陣営にあるべし」