【前回の記事を読む】「すべての愛は売春である」フランスの詩人ボードレールが語った、危うい“愛”の本質とは
第一部:売春の芸術
Ⅱ 「孤独と自然」
「人間の心の中にある打ち克ちがたい売春への嗜好。そこから孤独を忌み嫌う気持ちが生まれる。人間は二であろうと欲する。天才は一でありたい。故に孤独でありたいと欲する。
栄光とは一であり続け特殊なやり方で売春することだ」(『ボードレール全集』赤裸の心36 断章64)
天才ボードレールは特別な方法で売春を行う。
「性交するとは他人の中へ入ろうと望むことであって芸術家は決して自分自身から外へ出はしない」と、天才は一の状態、孤独な状態でありながら売春する。
これは天才は性交しないとも読み取れるが、ボードレールは常に孤独であるという意識、天才の資質を生まれながらにして持っていることを意味する。
それは以下の引用で強調される。
「子供のころからすでに孤独の感情。家庭がありながら─そして、仲間たちのさなかにいるときはとりわけ─永久に孤独の運命の感情」(『ボードレール全集』赤裸の心7、断章12)
ボードレールが孤独の意識から解放され他のものと融合することはない。
「大いなる愉楽ではある。空と海とのはてしもない広さの中に視線を溺らす愉楽こそは!」と言いながら、「逸楽にこめられた精力は不快と明確な苦しみとを創り出す」。
自然の雄大さ、広大さを前にすると自分の存在の小ささや孤独が際立ち、それはあたかも海に浮かぶ小舟のようだが、そういった「思考(夢想)」をすることで自我を消失させることができる。
いわば融合であり、自然と一体化、つまり他者との関係で自分自身を忘れるような楽しみは、いつしか「強烈なもの」となり、やがて恐怖や精神の圧迫を引き起こすという。
こうしてボードレールは結局のところ、自然と融合することはできない。すなわち孤独でしかあり得ない。
「ボードレールのボードレールたる所以は美しい風景との融即の感情も人間性の根源悪についての認識あるいは妄執をついには拭い得ないという、ほとんど神経症的な精神状態に促されてルソーを全否定するところに存する」(『ボードレール全集』第4巻「解題ボードレール散文詩集の成立」)