しかし、時刻は午前零時、二月の深夜は深々と冷えこみ誰もいなかった。裸足で立っていると足先の感覚がすぐになくなった。

一回、二回、悲壮な気持ちで一心に祈った。

『どうか、どうか、両親をお助けください!』

十回、二十回、息は弾むが体と足先はジンジンとしびれて動かない。

『どうか、どうか、両親をお助けください!』

この思いが二人を動かしていた。深夜、白装束、裸足。誰もいない境内でその行為は黙々と続けられている。

二人は、今更ながら両親の存在の大きさを痛感していた。借家の狭い家に住み、嫌でも隣の権藤家の大邸宅と比べて、

『ウナギぐらい食いたいなあ』とか

『友達とコンサートにも行けない!』とか

『悪いことしてもいいから大きい家に住みたいなあ』

と言って困らせた。

その度、焼き肉食い放題やコンサートチケットがやってきた。それと引き換えに大切な指輪が無くなっていたり、仕事の帰りが遅くなったりしていることを子供は気づけない。

子供に甘いと言われればそれまでだが、両親は叱って育てるよりも喜びを与えて育てる方を選んでいるようだった。遠くで犬の遠吠えが聞こえる。歩く、手を合わせる、祈る。お百度参りの作法もこれで良いかどうか分からない。

でも、やらずにはいられなかった。どうしても助けたいと足をすすめた。四十回、五十回、六十回、脚の冷たさは想像以上だった。ふと、見上げると小雪が深々と降ってきた。神社の向こうは漆黒の暗闇が覆っている。

ゾッとするような空間、今、両親を覆っているものがこの漆黒の暗闇のような気がした。その結界を破るにはお百度を踏むことでしか超えられないような気がした。

七十回、八十回。もうすでに脚の感覚はなく、唇も凍っているように痺れて何も感じない。光輝は、もう出来ないという気持ちが幾度も湧き上がっていった。しかし、姉の後ろをついて行きながら姉の鬼気迫るあきらめない強さを感じていた。

人は土壇場でその人の真の性格が表れる。生か死か体力の極限まで耐え抜くのかあきらめるのかその人の胆力が試される。

「はあ、はあ、はあ……」

姉は何かつぶやいている。

「う~、か、神様、両親を助けてくれるのなら一日十善でもします。助けてくれないなら一生恨みます!」

それは光輝も一緒だった。今、この時に助けてくれないなら何の神様もいらない! 不意にいつか正月に人生ゲームをしていた時の光景が思い出された。

 

👉『積善の家に余慶あり』連載記事一覧はこちら

【前回の記事を読む】路上で倒れた女性を見つけたタクシー運転手。看病のため車に乗せて暖房をつけて10分間…ある音を聞いてゾッとした。

【イチオシ記事】あの時と同じ露天風呂…でもあの時よりもずっと深く、愛しあった。「もう1回だけ」と囁かれ、湯けむりのなか重なりあって…

 

ゴールドライフオンラインは、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp