【前回の記事を読む】「弘ちゃんのママはね、いないの」紅い椿に母の面影を見た少年。だが、その椿は……
ペットたちとわたしの物語
わたしは現在、日本や他の国でも少し前の時代においては「足手まとい」の人間とされていた年齢で、なお日本においては「姥捨て山」というところに余裕で連れて行かれる年齢の七十四歳です。つまり人生をそれなりではあるが歩いてきて、ほとんどの時間を費やした年齢です。
そんなわたしが、今これまでの過去を振り返り、身近な動物たちとの関わりを思い出しながらここに書いたのがこの作品で、特に後年になって関わった二匹の猫たちとの交流を主に、大きな愛をいただいた経験をそのままここに、彼らへの感謝を書いてみました。そして、そこには所々に、現代社会への少なからぬ疑問も問いかけました。
記憶一
わたしは農家で育った。わたしが幼い頃(昭和三十年頃)、わたしの周りにはごく自然に犬も猫もいた。
その頃は今のように、犬や猫は家族というより地域的に仲間で、わたしの近辺には、自由な雰囲気の中で彼らがいたように思う。
中学生の頃、わたしの学習机は家の西側のガラス戸を開けると庭という、二畳程の縁側(廊下)に置かれていた。わたしの机は現代の学生向けの学習机よりシンプルだった。向かって右側にのみ引き出しが連なり、左側は支えという作りだった。
その引き出しの下二段にはほとんど物が入っていなかった。ほとんど空いていた下二段の引き出しに、仔猫たちが出たり入ったりしていた。その仔猫たちは我が家だけでない、多分周辺で生まれた猫たちだった。
わたしの机と同じ廊下には使い古された箪笥があった。机と箪笥の位置は、廊下の長さ四メートル位の両わきにあった。わたしが座ると、背中方面に箪笥はあった。
箪笥には主に、我が家に働き手として来てくれていた出稼ぎの人たちの仕事着が収納されていた。彼らは当時東北地方から積雪の多い冬の時期に季節労務者という呼称だったと思うが、我が家を含め周辺の農家に働き手として来ていた。