そんなサトシでも兄貴らしく振る舞うこともあった。

父さんは貧しい家に育ったので、食べ物に対する執着はかなりのものだった。

「食いもんの好き嫌いを言う奴は、人間の好き嫌いも言う人間になる」などと持論を展開して子どもたち三人に好き嫌いを許さなかった。

昭和十六年生まれの父さんは戦中世代で「大根ばかり食べさせられたから」と、大根が大嫌いで、食卓に並べばコタツをひっくり返して怒り散らした。栗きんとんは金持ちの同級生に自慢されて二度と食うものかと決意したので大嫌いになったらしい。

大好きな卵焼きひとつにしてもこだわりが強く、片栗粉を大さじ一杯も入れる硬い仕上がりの片栗粉卵焼きが大好きで、これは卵が増量されてお得感があり、塩気も甘味もしっかりと感じられて食べ応えがあるというのが理由だった。これを作るのは私の担当で、私が四・五歳の頃からつきっきりで細かく父さん好みの卵焼きを作るように何度も仕込まれた。そこまで細かく言うなら自分でやればいいのに、と何度思ったかしれない。

それなのに父さんは私たち子どもが食べ物を残すことを絶対に許さなかった。

私は食欲旺盛な子どもであったし、好き嫌いがほとんどないので何も苦労はなかったが、サトシとタエは食が細い方で、あまり量が食べられず好き嫌いも多かった。

そして不幸にも父さんは料理をするのが結構好きで、好きではあるが、やることが雑でセンスもなく本当に下手だった。

 

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