【前回の記事を読む】若い頃は毎日2、3時間睡眠で働いた専務取締役――私が見た彼の心の闇は、あまりにも深く……
第三章 憂愁
二.四月十九日(金)
それから一週間ほど経ち、テーブルの上のスマホが鳴った。
「はい、中山です」
「大村です。急ですが、今からお伺いしてよろしいですか」
「もちろんいいですよ、大歓迎です。どうぞ、どうぞ」
「実はもう少しで着いてしまいます。すみません」
ものの数分のうちに、玄関のチャイムが鳴って彼が顔を見せた。
「お仕事は大丈夫なのですか」
「はい、社長が一日不在でして。私も若い人たちに後を任せて出てきました。今はスマホがありますから、何かあればすぐに連絡が来ますよ」
「またコーヒーをお淹れしましょう。私が気に入っている銘柄なのですよ」
「ええ、とても良い香りでした」
「大村さん、またお会いできて嬉しいです」
庭の枝垂れ桜の花もほぼ満開になって、早一週間近くが経っていた。この数日でずいぶん暖かくなってきたのだ。枝垂れ桜は見頃が長いそうだが、私はいつ頃まで咲いていてくれるのだろうと、毎日のように考えていた。
「中山さんが歴史好きなようでしたので、私がかつて読んだ歴史小説を何冊か持ってきました」
彼が差し出した紙袋を覗くと、二十冊くらいの文庫本が入っていた。
「いやー、これは嬉しい。いずれ読みたいなと思っていたものばかりですよ」
「そうですか、良かったです。先日こちらで蔵書を見ていたので、ここにはないものを選んできたつもりです。ゆっくりお読みください」
「大村さんも歴史ものが好きですか。私は家康や秀吉の戦国武将の話から歴史にはまり、若い頃には幕末や明治維新の本はよく読みました。維新の元勲といわれる人たちを描いたものを読み漁りました」
「私はジャンルを問わず、また小説だけでもなく、自然科学や社会科学系の学術書も含めて読んできました。
日本の歴史小説も大抵のものは読んでいると思います。でも武将にはちょっと抵抗があります。子供の頃には憧れもありましたが、大人になるにつれそうではなくなりました。明治維新については、今日につながる大きな罪悪をはらんだものだと考えています」
「えっ、そうなのですか」
「すみません、こういったところも私の悪い面です」
「どういうことですか?」