現実の文字ならば、いくら拡大しても細部まで明確に文字に見えるはずですが、この美しい手紙の文字は細部が簡略化されているので、遠目で見ればキッチリした行書体に見えるのですが、拡大すると、何のことはない、文字に似た絵なのです。
このように、夢で見られる映像は簡略化されているが、現実の映像はどこまでも正確精緻なのです。こうして、真我は、私に現実の映像と夢の映像との見分け方を教えてくれたのです。
私は睡眠中にアストラル飛行で、百数十年前のイギリスに行ったことがあるのですが、その時に乗った列車の車体番号も真新しい真鍮板に刻印されたものであり、正確精緻の映像でありました。
また、その列車に乗り合わせた人々の姿も衣服もハッキリした質感を伴う現実の映像でありました。また、睡眠中にアストラル飛行で、50年ほど前の東北地方に行った時の映像も、これまた正確精緻で、壁のコルク板にピン留めされたメモ書きは、ハッキリとS.45と鉛筆書きされていました。
そして、更に正確に言うならば、これらの映像は、その時その場にいた人々に私が一時的に憑依して、彼等の視覚を通して見たものなのです。私自身は、近視ですが、私が憑依した人々は良い目を持っていたので、彼等の視覚を通して捉えた映像は、とてもクリアな3次元的映像でありました。
この時のことは、拙著『金魚』の中の “夢の映像” や “アストラル飛行” で詳しく記しましたので、参考にしていただきたいと思います。
また、私は睡眠中にエーテル体(肉体視力では捉えられないが、3次元の体)で活動している時もあるようで、エーテル界の様子も少し記憶しています。
たとえば、書物のエーテル体は、柔らかな乳白色の発光体で、文字の部分が影のように黒く見えます。エーテル界の書物は独特の存在であって、繰るべきページがありません。先を読み進もうとすると、スルスルと先の内容が現れ、もう一度元の部分を読もうとすると、これまたスルスルと元の部分が表示されるといった具合です。
また、エーテル界の土星と思われる星も見たのを記憶しています。星はやはり柔らかな乳白色に光り、天体の周りのリングは結構太さのある雲のようなモコモコしたものでできていました。これらは、私のエーテル視力で見た映像ですので、肉体視力の近眼とは無縁で、とてもハッキリした映像でありました。そして、もちろん、現実の映像なので、正確精緻でした。
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