「あのさ、おじさんたちがお喋りしてるあいだ、あのさ、望遠鏡、触ってもいい?」
遠慮しいしいでも、きちんと断りを入れるあたり、やはりこの少年は礼儀正しい、とわたしは感じた。水口さんはその言葉を待っていたかのように大きく頷くと、「好きに使いなさい。脚立から落ちないように気をつけてな」と庭を指さして、子供らの自由にさせた。
兄妹は嬉々として庭を駆けていった。
「心配は要らん。ドブソニアンは優しい望遠鏡だ、誰だって使えるよ」
内心を悟られたようだ。不安な感情がすぐ顔に出るこの性格は、いくつになっても治らない。
水口さんの話はそれから十分以上も続いた。ただ、お孫さんが元気だった頃の思い出話ばかりで、事故の詳細までは語らなかった。
幼い頃から星好きで、小学校に上がる前にはいっぱしの天文少年だったというから、目の前の少年に生前の姿を重ねるのはごく自然なことだ。であれば、望遠鏡が活躍して様々な天体に焦点を結んでいる光景は、彼にとってこの上ない喜びに違いない。
闇が増して、さすがに時間が気になってきた。アツシくんは鏡筒の先を、西へ東へと次々に向きを変えては歓声を上げている。どんな天体を観ているのか知らないが、あのはしゃぎようでは、望遠鏡から引きはがすのに苦労しそうだ。
「そろそろかね?」
スマホのチラ見に気づいたのだろう、向こうから暇(いとま)のきっかけを与えてくれた。続いて彼は、望遠鏡を南に向けている子供たちに目を向けた。
「束の間だったけど楽しかったよ」
彼の表情は、ボールを打ち込んだ時とは別人のように穏やかになっていた。気持ちを和ませた要因は、思いがけずアツシくんが星好きだったからなのだろう。
「フォーマルハウトの話は良かったな」
「え?」
「空木さんあんた、見えない絆で結ばれているって言っただろう、ワシと孫が」
「はあ、確か」そんなことを言った気がする。
「身寄りがいなくなって、ワシは、生きるってことの意味がわからなくなっていた」
痛みをこらえているような、水口さんの独り言だった。はしゃぐ子供たちに目を据えたまま彼はしばらく黙ると、目を閉じ深く息を吸い込んで――そして、言葉にして吐き出した。
「見えなくてもいつも傍にいる。そう思った時、こう、孫の重みが蘇ってきた」
嬰児を抱くような仕草で、彼は両腕を胸前に寄せた。誰かに話している、というふうではなく、あたかも自分に言い聞かせるように彼は呟き続ける。
「あの子がいなくなって、ワシは恨んだよ、運命という奴を」
話が長引かないことを願いつつ、わたしは彼の声に耳を傾けた。
「あの子を返せ、幽霊でもいいからこの手に抱かせてくれって」
次回更新は8月14日(金)、11時の予定です。
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