「わかっちゃった、じゃないだろう! なんと大胆な……おまえ、主子(チュツ)(主人である皇妃)に知られたら、大変なことになるんだぞ」
「なによ。非番の日に、食べたいものを食べに来たっていいでしょ。ねえ、おじさん、湯麵(しるそば)よろしくね」
にっこりと笑う。
「う、うむ」
予期せぬ、しかも、性別不詳の闖入者(ちんにゅうしゃ)に、どう対応してよいものか。みたところ宦官に見えるが、田閔(ティエンミン)の反応からすると、女なのか?
「その宦官帽は……いったいどうしたのだ」
田閔(ティエンミン)が、新客の頭に手をのばしたが、当の本人はさっと身をかわして、とられまいと帽子をおさえた。
「ああ、これ? こないだ、あなたが忘れていったじゃない。門番にはちょうどいい目くらましになるかと思って、かぶらせてもらったの。髪も、ほら、こうしておけば、帽子の中にかくれるしね」
帽子をすこし、ずらして見せた。結いあげた髪が行儀よく、その中におさまっている。
「后妃(こうひ)さまだったら、髪が長すぎるから、こうはいかないわね。あたし、女官でよかった! これ、ついでだから、もうしばらく貸しといて」
「冗談じゃない、返せ」
うふふ、と、笑う。
私は、田閔(ティエンミン)をかえりみた。
「知り合いか?」
「知り合いもなにも、わしの、その……菜戸(さいこ)じゃ」
「菜戸!」
菜戸とは、宦官の―ようするに『伴侶』である。恋仲の相手というべきか、妻というべきか。宦官とて人間であるから、孤独を忘れさせてくれる伴侶をもとめたいと願うものだ。いや、むしろ宦官のほうが、肉体が欠落しているぶんだけ、心の穴を埋めたいという欲求が強いかもしれない。だが、それにしても。
「おぬし、手のまわしが、はやすぎないか?」
「いや、こんなものだろう」
俊敏で、出世する宦官とは、そういうものか?
「歳は」
「十六だ」
「それはまた、えらく若いではないか」
「そんなことはない。十六歳といえば、ふつうなら、嫁に行ってもおかしくない歳だ」
娘が、田閔(ティエンミン)と私のやりとりに、割って入った。