【前回の記事を読む】「冥界にいる父を訪ねよ」――牛若丸、乳飲み子の頃に死別した父と再会なるか
鬼の夜ばなし5 牛若丸 鬼から『虎の巻』を手に入れる
(『義経記』より)
名前に鬼の字を用いているが、奴は正真正銘の人だった。一条戻り橋の袂に巣食う陰陽師くずれ。怪しげな加持祈祷を行う際、鬼の式神を操るという噂だった。
『虎の巻』を手にするに相応しい者は自分であると証明するよう、大天狗は牛若に命じた。
牛若は奮い立ち、配下の者が探り出した鬼一法眼の屋敷に向かった。
牛若は屋敷内から現れた人影の前にやおら倒れ込んだ。病人を装い、屋敷に保護されようという企みだ。
現れたのは鬼一法眼の娘だった。娘は牛若をたいそう気の毒がり、手厚く世話をした。
四、五日病人のふりをして牛若は屋敷内を探ったが、『虎の巻』をなかなか見つけられなかった。とうとうある日、
「迷惑であっただろうに、この四、五日たいそう世話になった。あなたの父上にお礼を言いたい。それにここまで真心こめて世話をしてくれたあなたを、是非嫁に貰いたい。どうか、お父上に会わせてくれまいか」と娘に頼んだ。
娘も見目麗しい牛若に恋心を抱いていたところだった。牛若の病も癒えたようだし、婚礼の願いもその時にと、娘は宴席を用意した。
父、鬼一法眼は喜んだ。どことなく高貴な香りのする若者が娘に求婚したのだ、喜ばずにはいられない。祝いの酒宴は三日三晩続いた。
三日目の夜のこと。
「そういえば、鬼一法眼さま、あなたは何か特別なお宝をお持ちだそうですね。なんでも鞍馬の天狗たちが血眼になって捜しまわっているという、山に奉納されていたお宝だそうで」
婚礼の日取りも決まり、祝いの酒にいい気分の鬼一法眼だった。
「おう、あの鞍馬の間抜けな天狗どもの隙をついて奪ってやったあれか。偉そうなあの大天狗にひと泡食わせてやったわ。まあ何にしても、わしの呪術にかなうものはいないということだ。うははははっ」
「して、それはいずこに」牛若の目が光る。
「ほれ、あそこ、あの壺の中じゃ。覗いてみるがよい」
酒のせいで口が滑った鬼一法眼は床の間の大壺を指差した。
「ほう、ここでございましたか。手に取ってみてもよろしゅうございまするか、父上さま」
「念入りに呪(まじな)いをかけておるが、特別に見せてやろう。もうすぐ婿になるのだからな。しかしそれは、ちと扱いに難儀する代物じゃが、まあよいか」
そう言いながら鬼一法眼は、「ふっ」と壺に強く息を吹きかけ、さらに二度三度四度五度と息を吹きかけた。確かに念入りに呪いをかけていたようだ。やっと呪いを祓うとくたびれたらしく高いびきで眠ってしまった。