【前回の記事を読む】その夜も彼女は見つからない……渋谷の雑踏で、彼だけが気づいた“小さな異変”とは――?

第一章 〜それぞれの夜、それぞれの真実~

02 1992年 池袋 なっつんの噂

一方で、誰もなっつんをこの目で見たとは言わない。

それでも「いる」と信じ込むのは、たぶん彼女の存在がもたらす妙な期待、「あの子に会えば、人生が変わるかも」という期待が、眠い夜の意識を鮮やかに刺激するからだ。

噂が増えるほど、その正体はさらにぼやけていく。矛盾こそが彼女を神格化し、「金髪ギャル」「普通の制服姿」という曖昧な証言が、池袋の虚実をかき混ぜる。

「でも援交じゃん? 一度踏み込んだらもう戻れないかもじゃん」と誰かが言えば、「それでも会いたい」と別の誰かがかすれ声で答える。

そうやって少女たちは、少しずつ夜の一部に溶け込んでいく。それはオルタナティブな宗教のようで、非合法なネットワークの結晶のようでもある。

夜という闇を呑み干したいのか、呑み込まれたいのか。その境界で彼女たちはバランスを取っている。

なっつんはただ、黙っている。誰もその姿を正確に語れないのに、なぜか微笑みだけは誰もが想像できる。その幻の笑みが、この街を、そして夜を永遠に続かせる。

それが池袋の法則であり、少女たちの欲望が眠らない理由なのかもしれない。