【前回の記事を読む】戦乱、飢饉、疫病……疲弊した人々に必要なのは、説法ではなく「物語」? 選ばれたのは挫折した秀才だった
第一章 創生の人々
三 祇園精舎
ある日、慈円は行長が何か書き留めているのを目にした。
「驕(おご)れる者は久しからず、と世には伝えもあるものを」
「ほう、なんじゃ、これは?」
「あ、慈円様。
先日、慈円様と聖覚様からお話があった源平の戦(いくさ)に関する物語を、まとめてみようと存じまして。
これはその、書き出しのところでございます」
「ふうむ」
慈円はそれを眺めて、しばらく考えていたが、やがて、
「ちょっと、その紙と筆を持って、ついてきなさい」
行長に命じた。慈円は、琵琶法師達が雑魚寝(ざこね)をしている大部屋に歩いていった。
行長は、顔をしかめた。漢学者として誇り高い行長は、慈円が怪しげな琵琶法師達を堂内に集めているのも、嫌だった。
慈円は構わずに、
「生仏は、おるか?」
と、声をかけた。
「……はい」
片隅にいた若者が、面倒くさそうに答えた。
最近、この寺の堂内に寝起きしている琵琶法師である。
他の琵琶法師の僧衣はどれも着古して薄汚れている。
みんなろくに髪もそらず、髭(ひげ)もそらない。
しかしこの若者は、真新しい僧衣に身を包み、頭も清(すが)やかに青く剃(そ)り上げている。
この若者は僧堂に来てもほとんど他の者と口をきかず、暗い表情をしていた。
新参の琵琶法師が打ち沈んでいるのは、珍しい事ではない。他の者達は、放っておいた。
生仏は、渋々立ち上がった。背には無造作に琵琶を背負っている。
「ちょっと、私の後についで、言ってみてくれ。