【前回の記事を読む】「子守歌を歌ってよ」新婚旅行の夜、腕枕をした32歳の夫の“おねだり”に涙が出そうで……

耳を澄ます 愛理三十九歳

子守歌をねだる情けない夫、建友を改心させよう。貴方はもう新しい家を持った。そしていずれは私だけではない。可愛い子どもも生まれてくる。あんたは家族2人、いや3人かを守らなければいけないの。母から受け継いだ優しさと誰かを慈しむ心を次に繋げたまえよ。そんな風にいってみよう。

作戦がこれほど上手くいくとは思わなかった。最初の夜こそ口を尖らせて何かいいたげだった夫は、自分が親しんできた歌を歌うようになった。その種類は2曲しかなく、横で聞かされるのは正直いってため息も出るが、とりあえず係からは解放された。

不思議とこの癖を知っていたかもしれない亜季のことも全く気にならなくなった。亜季が5歳下の同僚とデキ婚をしたのも理由の一つだが。

3歳年上の長身の夫が寝入りしなに、自分のために自ら子守歌を歌う。そんな奇妙な習慣が根づいて10年余りが経った。それまでは愛理が母親の様にやっていたのだからほんとに情けない。

ひとり息子のゆうたも4年生になった。父親に似て10歳にしてママ友からも人気のイケメンで、最近入った地域の野球クラブの練習に夢中だ。健友はサッカー育ちだったのでそれは不満らしく、週末の車出しやお茶当番はもっぱら愛理の出番だ。ゆうたは背は高いものの走るほうはそれほどでもなく、レギュラー取りはぎりぎりだった。

初めての夏の大会を前にポジション争いも熾烈だったようで、さほど気丈でないゆうたは7月の初めに練習に行きたくないといい出した。

愛理としては週末の野球の付き添いは日焼けを抜かせば、すっかり楽しみになっている。たまにやる親子バーベキューやレクも健友抜きでも出掛けられるくらいに。

夫にゆうたのことを相談したものの

「う~ん。無理は良くないし。嫌いになったら元も子もない。いや、野球がすべてではないかあ」

などと、もしかしたらサッカーに今から引っ張れると思ってでもいるのか親身になってはくれない。

思い余って、2つ上の学年で新キャプテンのお父さんでもあるコーチに相談してみた。