約束の時

二人は、いつしか京浜東北線に沿って王子駅に下っていく坂道の入り口の近くに差しかかっていた。

加奈子はふと思いついた様子で香織に尋ねた。

「もうすぐ三月ね、香織、どうするの?」

「どうするって、何のこと?」

「決まっているじゃない、卒業旅行のことよ。わたし、やっぱり予定通りアイルランドに行くことに決めたわ。あなたもお決まりの奈良や京都なんかやめて、今度はわたしと一緒に行こうよ」 

「わたし、行けない」

「いいじゃない、学生生活最後なんだもの、海外に飛び出してみたって」

「そうじゃないの」

「そうじゃないって、どういうこと?」

「わたし……、結婚するの、この春に」

「え! 結婚? 嘘でしょう」

「ほんとよ」

「それで、いったい誰なのよ、相手の人って」

「三年前……、あなたに話したでしょう」

「三年前って? いつのことよ。聞いてないわよ、そんなこと」

「だって、もうすぐ桜の咲く季節がやってくるんですもの」

香織は頭上の桜の梢を見上げながらそう言った。

「桜が咲くと、どうしてあなたが結婚しなければならないのよ、変な人」

「あの人が帰ってくるの。今年の春がちょうど三年目なの」

「三年目? 何のこと? それ……え! まさか、初めて回文を見せてくれた……あの時の想い人のこと?」

「そう、実は三年前にはわたしたち、まだ正式に結婚していなかったの。でも、約束したの。あの人が戻ったら結婚しよう……てね」

「そんな、ばかな。あなた、自分が何を言っているのか分かっているの」

そう言いながら、加奈子は不思議なものを見るように香織を見つめた。

「ごめんなさい。でも、ほんとのことなんだもの。わたし、明日、帰る」

「帰るって、どこに帰るのよ?」

「故郷に」

「千葉の田舎のこと?」

「千葉? 違う」

「じゃ、どこなのよ」

「わたしの故郷」