ボタン
♫『ひとりじゃないの』(天地真理)
大型連休が終わった次の日に、数年ぶりの女子会があった。一人が欠席して、三人が東京に集まった。一日目は東京駅に集合して、はとバスに乗った。
築地でお寿司を食べ、上野で鰻を食べるツアーだった。二日目は、上野公園を散策した。公園内の動物園の隣にある上野東照宮に、「春のぼたん祭」というポスターが貼ってあり、急きょ二人と別れて、ぼたん苑に入った。
そこだけ違う爽やかな空気に包まれている。所々で芳香がゆらめく。痛む膝を庇いながら、進む。
原産地中国では、牡丹は花の王と呼ばれているとか、白楽天の詩で、楊貴妃は牡丹に例えられていたとか、日本の茶花では、牡丹は最も格の高い花とされているとかを思い出しながら、歩いた。
蛇の目傘をさした色とりどりの株が、次々に姿を現す。パンフレットを見ながら、小径を行く。シャクナゲ、オダマキ、ワスレナグサ、ミヤコワスレなどの花にも出会えた。
歩きながら、ボタンの花のような歌手は誰だろう、と考えた。見終わって、外に出た時、何人もの外国人観光客の顔に混じって、天地真理の笑顔が浮かび上がった。
彼女の微笑みと優しい歌声は、ボタンに相応しい。スター歌手として、一世を風靡した彼女を知っているのは、高齢者だけかもしれないが。二人と合流して、公園内の中華料理店で、ボタンの花のような焼きそばを食べた。
カズオ・イシグロの短編集を読んでいる。音楽と夕暮れをめぐる五つの物語が収められた『夜想曲集』(ハヤカワepi文庫)の中の「老歌手」では、かつてビッグネームだった男性歌手のノスタルジーが描かれている。
この老歌手を、天地真理に置き換えて読んでみたが、微笑みを振りまく面影が強く、老境をイメージするのは難しい。軽く跳躍するようなリズムに合わせて歌っていた彼女はむしろ、微風に揺れるボタンの花の心象だった。
天地真理は七十年代前半に天真爛漫な笑顔で国民的アイドルだった、とウィキペディアに記載されている。別のネットの情報によると、現在、高齢者向け住宅で暮らしているそうだ。若い頃に脚光を浴びた思い出を心の糧にして生きるのは、稀有な経験に違いない。
「老歌手」の主人公は、長年連れ添った愛妻に、ロマンチックな贈り物を計画して、実行する。そして、二人は離婚する。この短編集に共通するテーマは、男女の危機である。
(令和六年七月三十日)
【イチオシ記事】夫の新聞の山から「たー君へ♡ ……晴香より」という便箋を発見。今日も朝帰りの夫に〈晴香さんと一緒?〉とメールした。
【注目記事】「何だ、浮気の心配なんてないのかな?」安心した途端、妻の車に仕掛けたGPSが自宅から20キロも離れた町で止まった!
ゴールドライフオンラインは、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp