【前回記事を読む】大王にとって何番目のお子になるのか…婚儀前日に発覚した妊娠。手を腹部に置いたまま驚きを隠せない姫に、大王は…

六、 朝鮮出兵、伽耶(任那)の死守

この頃、六世紀の朝鮮半島、北に高句麗が大陸の防戦に明け暮れ、東に新羅、そして西に百済と建国分裂していた。

伽耶(任那)は、越国の飛び地であり、大陸との交易中継地として開かれていた。その伽耶を通じ大陸の援助を受け、新羅が建国されたといっても過言ではない。

伽耶は独自の、今でいう何処の国からも侵犯できない治外法権地であった。が、徐々に領土は縮小され、越大王オホト時代、実質は新羅国の管轄下に置かれていた。

地元民の安全確保のため、大陸と国交のある新羅に頼る以外手はなかった。

その伽耶を守るため、九州磐井と共に出兵を余儀なくされていた。阿須羽(足羽)山北側では朝から造船の音が鳴り響いていた。

いよいよ今日は、朝鮮出兵・船出の日である。

九州磐井の船団が御国ミクニの沖、雄島周辺で待機、南風に乗り越国船団と合流する手はずになっている。航行の無事と戦勝の祈祷が始まった。

「今の越の繁栄は、ご先祖様から受け継がれてきた伽耶の地があればこそ、必ず死守しなければならない。百済なんぞに負けてはならぬぞ」

大王が自ら出航の号令を発する。今回の遠征の大将は王太子・子龍シロン、大王オホトと共に何度も遠征している范氏が参謀として付き従う。

初陣する勾大兄王子と檜隈王子は、甲冑真新しく勢いよく船に乗り込んで行った。沢山の群衆が、戦勝を祈願し、夫や息子の名を、無事を叫んでいた。

「檜(ヒノ)ぉぉ、勾(マガリ)ぃぃ」目子妃が岸壁で、船団の影が水平線の彼方に消えても、立ちすくんでいた。