引っ越しを済ませても、実家には私の部屋がそっくりそのまま残っている感じだった。中学、高校で散々使ってきた自転車はすでにガタガタだったので、躊躇なく捨てた。

代わりに、大学近くのホームセンターで新調した。テレビは要らなかったし、エアコンと冷蔵庫と洗濯機とベッドと収納は、寮に備えつけだった。

もしかしたらというか、必ず、もっとしっかりした学習机と本棚は必要になると思ったけれど、そのときはまた実家から持ってくるか、買えばいいと考えていた。

それよりも、せっかくの広い部屋だったので、いまは、その吹き抜けの心地良さを満喫したかった。

ワンルームマンションタイプのその寮は一五畳の面積があって、床はフローリング、トイレとユニットバスつき、キッチンはオール電化で寮費は年額三〇万ちょっとだった。

看護師は不足していると聞くから、これくらいの条件がないとなかなか進学してくれないのかもしれない。

快適そうだったけれど、私って本当に持ち物が少ないなぁ、なんてことも同時に思った。マコちゃんとショウちゃんにはときどきしか会ってあげられなくなるけれど、でも、できるだけ帰るからそのときはうんと可愛がってあげよう。「少しの辛抱だよ」と、引っ越しの前日の晩に、そのことをたくさん言い聞かせておいた。

受験に来たときも感じたけれど、改めて見ても大学病院って本当に大きい。私が入院した地元の厚生病院もそこそこ大きかったけれど、それにも増して格段に大きかった。

栃木タワーよりもよっぽど高いし、宇都宮球場よりももしかしたら広いかもしれない。病院と医学部と看護学部のそれぞれの建物の間にはキャンパスがあって、そこに植え込まれている数十本はありそうな桜はすべて満開だった。

春のこの時期の樹木の定番といえば桜だが、こういう節目の年だけ特別に綺麗と思うのは、なんだか桜に申し訳ない気がした。

ここから私の看護師としての一歩がはじまるのだと思ったら、なんだかそれだけで嬉しくなった。

“期待と不安”というのは新入生にとってよく聞くワードだけど、実際自分が同じ立場に立ってみると、なるほどこういう感覚なのかと、しみじみ思った。

引っ越しが終わって実家に帰って行く家族を見送りながら、看護師志望をなんの問題もなく認めてくれた両親に改めて心のなかで“ありがとう”を言った。

もうこの時点で私はホームシックにかかり、少しだけ涙が出た。もしかしたら、それだけやはり不安が大きかったのかもしれない。

 

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