【前回記事を読む】落とした定期券を拾ってくれた男性…丁寧な敬語に違和感を覚えた。話していると徐々に、その“正体”が明らかに……
第二章 看護師へのルーツ
私たちはほどなくして別れた。喫茶店に誘えるようなこともなく、奇跡なんてものが起こるはずもなく、当たり前だがなにもなかったかのように時はすぎた。
無我夢中のなかでのどうということのない会話だったけれど、時間にすれば四、五分程度のおしゃべりだったけれど、私たち二人の“JK”にとっては貴重な、そして、とてもとても楽しい瞬間だった。
男というものにほとんど免疫のなかったうちらだからこそ、大人の男性というものを意識させるに十分な事件だった。
恵美ちゃんは文化系の大学に進学したけれど、私とは、いまでもたまに連絡を取り合うことがある。
あの“定期券事件”は、私たちにとっては重大なことだった。高校を卒業しても、しばらくは捨てずに持っていたというのを、あとで彼女から聞かされた。
「やっぱそうするよね!」
自分がそうだったとしても、当然そうしたはずだ。
そうだ、私は看護師になろう。入院でお世話になった厚生病院のお姉さんたちにもいつか恩返しがしたい。
自分でも我ながら単純な発想だと思ったけれど、高校三年生のもうすぐ梅雨の明ける時期、私の未来はこうして決定されたのだった。
第三章 初恋と看護学生時代
“初志貫徹(しょしかんてつ)”という諺(ことわざ)を使えるほどの人物では、自分は到底ない。それより、“成り行き任せ”に近いと思うのだが、私は栃木医科大学附属の看護学部を受験し、そして合格した。
どうせなら大きい病院に関連する看護学校のほうが高い技術を学べると思ったし、きっと間違いはないはずだ。
そう考えるとそこは、実家からいちばん近い大学病院だったわけで、吉田さんの通う大学だからという理由がまったくなかったといえばきっと嘘になるかもしれないけれど、でも、それはあまり関係ないと言わせてもらいたい。それよりも私には、さっきも思ったように、大学病院の附属という真っ当な理由があった。
家からなんとか通えないこともないのだが、実習やらなにやらで遅くなることもあるかもしれないし、なにかしらの用事で帰れなくなることがあるかもしれない。
両親も、近いところに寝泊まりできる場所があったほうがいいだろうということを理解してくれて、学生寮での一人暮らしを許してくれた。
しかしまあ、そうは言っても、二匹の猫のためにもできるだけ実家に帰りたかったので、準備は最小限で済ませた。
父のワゴン車と兄のSUVのそれぞれ一台ずつに、布団一式と小さなテーブルとチェスト、それから夏用の衣類と、家で余っていた食器類と台所用品を放り込んだ。