第二章
夫は天国へ
夫は、入退院を何度くり返したことか――。
あるとき、女のお医者様が、看護師がしてはならないことをしたらしく、私のケータイに電話をしてきて「その看護師は誰でしたか」と聞かれ、私はもちろん名前も知らず、「それはそちら様のことであって名前などわかりません」と生意気にも言い返したこともあった。
正直、「お医者様でも女性は――」と思ってしまった。どの看護師がそれを指示したとか、しなかったとか、あまりにもつまらない会話であったからだった。本当に、これはお医者様側の責任であり、私に聞くことがおかしいと思った。本人は胃ろうをいやがったが、強制的に手術となった。
挙句、空いている病棟がないからと、八王子の山奥の病院に移され、本人も私も、観念するしかなかった。あまりに遠く、駅から病院専用の車に乗り30分はかかった。
仕事をしながらで、なかなか毎日行けないのが心苦しかった。
夫は、毎日来てほしい様子だった。
もはや治療する病院ではなかった。
ある日、食べてはいけないプリンをほしがるので、食べさせてしまい、ひどく看護師に叱られた。が、「家族ですから、お許しください」と言うと、夫は「おまえらしくていい」と言ってくれた。
主治医の方にも注意されたが、「すみませんでした」と謝るしかなかった。
そして2週間ほど経った頃だっただろうか。夫は逝ってしまった。
思えば、立川で透析10年。
娘が20歳になるまでは生きていたいと願っていた。ちょうど20歳の誕生日が過ぎた 12月の末だった。
ひとり涙しかない。バスの中。
外には不思議ときれいな虹が2重にかかっていたのだった。
『これでよかったんだ』と思い、何となく落ち着くのだった。