【文豪の肉筆にふれる】
〈芥川荘に展示されていた自署名のハガキ 筆者撮影〉
わたしは筆跡鑑定についての学識はないが、自分のヘタな字面を毎日のように見ていると、そこに自分のダメさ加減が赤裸々に表れていると赤面させられている。
たぶん多くの人が自分の書いた文字について、密かなそういう反省的な自問自答を繰り返しているのだろうと思う。
昔の人は書き文字について相当の修練を積んで、その人物が書いた文字について額装して贈与したり、また尊敬しうる人を招いて書いてもらうという文化習慣があったといわれる。著名人の文字がその背景の事情とともに後世に伝えられるということも多い。
文字を書くということはそういった人格表現でもあった。
そういう鍛錬をまったくしていない現代人の自分にしてみると、パソコンが世間一般に普及してきたことは、潜在的で根深い書き文字への劣等感からのひそかな「解放」にもなっている。
それは人間と文字文化についてのきわめて根源的な「革命」であって、逆に言うとあとで「人類が喪失した重要な手業の痕跡」ということに認定されてしまう可能性もある。
写真の芥川のハガキ文字の書きようからは「あ、けっこう投げやりっぽい」という印象も受ける。
とくに「牛込」の文字の「込」の左側、しんにょうが一筆書きになっているあたり「ま、これで通用するだろう」みたいな芥川という人物の個性とか、内語の発露というように感じられる。
草書、行書、楷書みたいな書き方分類からすれば、ハガキなどは草書の最たるものだろうが、こういった心理で書いていくときにはその心理伝達も含め一定のわかりやすい表現力・発露がある。