【前回記事を読む】「これ、臨時ボーナス。」バイト終わりにひとりで着替えていると、店長が近寄ってきて言った。渡されたものは…
一万円で君と会いたい
起 呪縛
「お友達と遊ぶ時間があんたにあるわけ?」
「そんな無駄な時間を過ごすなら勉強しなさい」
「私はこんなに頑張ってるのに」
「いいの? お父さんみたいに貧乏になっても!」
母の、あの甲高い金切り声で僕は夢から覚める。
何年も前に亡くなったはずの母の声を聞くたびに、今でも胸が締め付けられる。
不平不満を撒き散らし、僕に勉強を強要する母に疑問を抱きながらも、僕は机に向かい続けた。僕が勉強に励んでいる時だけが、母が唯一機嫌を損ねない時間だったからだ。
対して、僕が友達と遊ぼうとすれば、母は豹変して僕を攻撃した。それがたまらなく怖かった。
遊びに誘ってくれた友達への申し訳なさと、僕に気を遣って遊びの話題を避ける友人たちの優しさが、かえって僕の心を削った。いつしか僕は自分から距離を置き、お誘いの声も聞こえなくなった。
僕の幼少期には、友達と笑い合った記憶がほとんど抜け落ちている。
そんな僕の掌に、今は店長から託されたくしゃくしゃの六千円がある。
「友達と遊ぶために使いなさい」
昨夜の店長の言葉は、母が禁じ続けてきた「聖域」に踏み込むための、唯一の免罪符のように思えた。
翌朝、僕は大学へ行くのをやめた。
本来なら講義に出席し、教養を深めるべき時間。母が何よりも重んじたその「義務」を僕は初めて自らの意思で放棄した。
今日はたった1人の血の繋がりのある妹に会いにいく。