第1章 パーキンソン病の基礎知識
パーキンソン病の歴史
副産物のMPTP(1-Methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine)が原因と考えられ、L-ドパが投与されると症状は劇的に改善し退院しました(文献1)。
論文報告としては、ラングストン(J William Langston)博士らが1983年にカルフォルニアで発生した複数の麻薬常習者のMPTPによるパーキンソン症候群発症例を発表しました(文献2)。
MPTPはミトコンドリアの働きを特異的に障害しますので、パーキンソン病の病因としてミトコンドリアが俄然注目されることになります。また、ドパミン神経細胞のミトコンドリアが障害されると多量の活性酸素が発生します。病因論として酸化ストレスにも注目が集まるようになります。少なくともミトコンドリア障害でパーキンソン症候群が引き起こされることがわかりました。
1980年代に入ると、遺伝子配列上に道みち標しるべとして存在するマイクロサテライトマーカーの多型1)を利用して、家族性の神経疾患の原因遺伝子の遺伝子座を探す研究が盛んに行われるようになりました。
そのさきがけとなったのは、1983年のガゼラ(James F.Gusella)博士(文献3)のチームによるDNAマーカーによる連鎖解析で、ハンチントン病の遺伝子が 4 番染色体先端に存在することがわかりました。しかし、この領域から責任遺伝子ハンチンチンが同定されるのは10年後の1993年でした(文献4)。この時代、遺伝子を同定するのは容易なことではありませんでした。
1990年代に入ると本格的にパーキンソン病遺伝子発見の時代が始まります。遺伝子変異の報告は、1997年Polymeropoulos らによりα-synuclein(文献5)、1998年Kitadaらによりparkin(文献6) 、2003年BonifatiらによりDJ-1(文献7)、2004年には ValenteらによりPINK1(ピンク・ワン)遺伝子(文献8)が同定されました。現在では20近いパーキンソン病遺伝子の同定ないし遺伝子座が決定されています。
2003年と2007年にドイツのBraak博士のグループは、パーキンソン病患者脳内でα-synの染色を行い、病変が嗅球と下部脳幹の延髄から始まり、脳幹を上行し大脳皮質に広がるという、病変上行説を報告しました。
Braakらの病理仮説は、パーキンソン病の運動症状が出現するはるか前にさまざまな非運動症状(便秘や嗅覚障害、睡眠障害など)がしばしば出現することと一致します(文献9、10)。