わが国は明治以来、帝国主義戦争に導かれ、そこで武士道的に赤十字条約を遵守したけれども、明治の元勲政治屋たちは自分たちが目にした暴力において専横な一等国になるよう「追いつき追いこせ」という強迫観念の表現として赤十字条約を遵守したにすぎず、せいぜい武士の情といったアナクロニズムに還元するにとどまり、この条約における捕虜の人間としての尊厳について知ることができなかった。
だから第二次大戦では俘囚の恥を知らぬ者として捕虜を否定した。
したがって、赤十字条約遵守の記録は、帝国主義戦争への参加を近代化の一環として正当化する材料にはならないし、白禍からアジアの同朋を救うとか、白禍によって仕方なく戦争へ踏み込んだなどと私たち日本人が思い上がり、言い訳する材料にはならない。
わが国の政治屋・軍人たちは陰に隠れた勢力に利用されたにすぎず、こうした赤十字条約遵守の記録はわが国庶民のまっさらな心の伝統への路におかれた道祖神とでも考えておけばよいので、誇ることでも卑下することでもなく、ただ記憶するべきだ。