6 コスパ
これ、いくら?
コスパ、コストパフォーマンス(費用対効果)
貞さん、これで中々コスパを気にする。長年のサラリーマン生活の習性か、性格か。何か購入したり、サービスを受けたりすると必ず値段を聞く。「いくらだった?」と。で、シコシコと手帳に書き込む。
玄関、下駄箱上の花瓶に花が何輪か挿してある。
全く草木に興味のない私だが、退職を機に、隔週おきに花の宅配サービスを利用することにした。
たまたま新聞の折込チラシに入っていて、これなら大した世話もない。ただ花瓶に水を入れ、配達される花束をぶち込んでおくだけだ。昨今は「切り花栄養剤」という物まで付いていて、水替えも必要ないらしい。
月2回のサービスで二千円、1回千円と値段もお手頃だ。物ぐさな私にピッタリではないか。今のところ人間の世話だけで手いっぱい。とてもじゃないが、草木にまで手が回らないし、多分元々好きではないのだ。たまに大輪の牡丹等を見て、「綺麗だな」と思うことはあっても、世話をしようなんて気はサラサラ起きない。
この先、介護から手が離れることがあったとしてもこの性分は変わらないような気がする。多少でも気があるなら、もう少し庭の雑草もどうにかなっていそうなものだから。
しかし貞さん、結構、花や絵画に反応する。「綺麗だな」とか「いいなあ」とか。以前からそういう嗜好があったのか、年齢と共に花鳥風月を愛するようになったのか定かではない。若いころは、お互いがお互いに対し頓着なかった。もっと言うと関心がなかった。ここ数年である。
介護という文字が貞さんについて回るようになり、平行線でそれぞれ好き勝手に生きてきた二人が接点を持つようになってから、見守り? 否、監視し出して気づいたことだ。
貞さん、トイレに行く時この玄関先を通る。で、立ち止まって、まるで初めてその花を見るように言う。「綺麗だなー」と。私が毎度のことで黙っていると、「なあ?」と同意を求めてくる。
私が「綺麗だね」と同意すると、嬉しそうに「なあ」とまた繰り返したその後に「いくらだった?」と聞く。これも毎度のことなので、こちらも相当面倒くさくなって、人差し指を一本、顔の前に差し出す。
すると貞さん、「何? 1円? 安いなあ」とつぶやく。そして繰り返す。「安いなあ。なあ?」と。私が「そうだね。安いね」と言うと、満足したようにトイレへと進む。
用を足して数分後、同じ場所を戻り、また同じ会話を繰り返す。「綺麗だなあ」「いくらだった?」と。私が同じように人差し指を一本立てると、今度は目をまん丸くして「何? 1万円? 随分高いなあ」と素っ頓狂な声を上げて、「これで1万円? へえー」と、世も末だ、みたいな顔をしてまた歩き出す。笑いを堪えながら、そんな貞さんの後を追う。
貞さん、いくらインフレの昨今だからって、ものの数分で、貞さんがおしっこしている間に、1万倍の物価上昇なんて有得ないでしょう。超ハイパーインフレ! ビックリポンだ。
たまに貞さんの頭の中のそろばん勘定が正常で、世間のコスパと一致し、一本指に「千円?」と言う時がある。「そうだよ」と言うと、「これで千円じゃあ安いなあ」と至極真っ当な事を言う。そんな時は、「ご名答!」と拍手喝采、称賛の雨あられ。貞さんニッコリご満悦で貞さん部屋へとご退場である。
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