幸福の王子

夢でのできごとを真面目に考えるなんて馬鹿げてる。一人暮らしの時間がさせているにちがいない。私はいつものように週末の朝に走って、午後はベランダの椅子に座って缶ビールを飲んだ。ベランダに余裕がないので、木製の椅子は何とか収まったが足を延ばすと外にはみ出してしまう。

目の前に広がる河川敷には、整備された芝生のコートがいくつか並んでいて、子どもたちがサッカーをしていた。何かの大会だろうか。色とりどりのチームユニフォームがあふれている。コートの外には準備体操や、ボール回しをしているチームもいる。

双眼鏡を持ち出して覗いてみると、チームによってはときどき女の子が混じっている。試合では男子に負けじとボールを追いかけていた。小学校時代、男子のサッカーチームでがんばっていた娘のことを思い出す。飛んでいって金網の外から叫んでやりたい。「男子なんかに負けんなー」と。

秋の午後の光に包まれたせいだろう。いつの間にかまどろみかけていた。するとまた小骨のように刺さったままの疑問がやってきた。「なぜ私だけが自分の意志で飛べるようになったのだろう?」

 

頭ががくんと落ちて、目が覚める。体を起こそうとしたとき、目の前を一羽のつばめが右から左へすいいと滑空していくのが見えた。私は小学校の教科書にあった『幸福の王子』の話を思い出した。

ざっとこんな話だ。ヨーロッパのある国の街の広場に、王子の像が立っていた。体は金箔で覆われ、両目は高価な宝石でできていた。そこにつばめが一羽、王子の像の足元に降り立った。越冬のために南をめざしたが、途中で仲間とはぐれてしまったのだ。

王子が悲しそうに泣いているのを知ってつばめが理由を尋ねた。すると王子は「私は死んでここから街を見渡して初めて、生活が貧しく苦しんでいる人がいたことに気が付いた。でも既に自分は動けず、見ているだけで何もできない。そのことが悲しいのだ」。

そしてつばめに頼むのだった。「私の代わりに自分が身に付けている宝石や金箔を彼らに届けてあげてくれないか」と。つばめはひと休みしたら仲間を追って南に向かうつもりだった。早くしないと冬が来て、自分は凍え死んでしまうかもしれない。

王子の再三の懇願に、つばめは覚悟を決めてできる限り手伝うことにした。王子の指示を受けて、腰に刺した剣や両目にはめられた宝石を一つずつ、貧しい親子や物書きでがんばる若者、マッチ売りの少女に届けた。また体の金箔を少しずつくちばしで剥がしては、来る日も来る日も同じように生活や病気で苦しむ人たちに届けるのだった。

王子の体から届けるものが全てなくなったころ、季節は冬になっていた。つばめは雪の降り出した寒い夜に王子の足元で凍えて命を落とす。彼らの尊い行いを知った神に導かれて、王子とつばめは天に召されたのだった。