【前回の記事を読む】東京の夜景を見ることは、蟻の巣を誤って掘り返してしまったときの感覚に似ている。人間の数への恐怖に加えて、それぞれに人生があり……
私が空を飛ぶ理由~つばめのつばさ~
展望台の上で
トップデッキの屋根にすわって足をぶらぶらさせながら考えているうちに、東京湾のほうが少し明るくなってきたことに気が付いた。暗いうちに帰らないとさすがに見つかって大騒ぎになる。
私は立ち上がり、両手を振った。せっかくなので東京タワーをぐるぐると回りながら、てっぺんまで上昇してみた。真上から見ると、四角錘の構造がよくわかる。
何度か旋回して夜明け前の東京の景色を楽しんだ後、西に向かってゆっくりと滑空を始めた。両手を横に広げ、両脚をそろえて延ばす。
腕と脚を上側ににほんの少しだけ反らせば、風に乗ってグライダーのように水平飛行できる。
来たときよりかなり高度はあるが、すっかり慣れてきたし、高いほうが人にも見つからない。風が強くて少し寒いけれど、建物や電線を気にする必要もない。首都高速三号線に戻って下り方向に飛べばいいので道に迷うこともなさそうだ。
帰りは行きよりずっと早かった気がする。多摩川の手前、二子玉川の高島屋デパートのマークが見えた辺りでアラーム音が鳴り、私は目を開けた。
自宅のベッドに横たわり、パジャマ代わりにしているアスレタの薄いジャージを着ていた。見事な瞬間移動に、思わず溜息をついた。
「夢だしね」
謳歌していた世界は、「あなたの脳の片隅で起きていただけですよ」と判決を下された気分だ。
そう、夢だから飛べたし、夢だから東京タワーにも登れたのだ。言われなくてもわかってる。
自問しながらも、ついさっき見た東京タワーの構造や、見下ろした東京の街の景色がやけにリアルだったことに戸惑ってもいた。
けれども現実を受け入れなければ人は生きてはいけない。顔を洗って仕事に行こう。