「目を開けなさい」

静寂を破り、やわらかな声が響く。誰もいないはずの寝室に、何者かの気配がする。その声には威圧感がなく、聞く者の警戒心を解く穏やかさがある。

沙耶は導かれるように目を開いた。驚くべきことに、眼前には黄金色の光に包まれた仏様が立っていた。

よくよく見ると、その体は宙に浮いている。

「今日はあなたに伝えるべきことがあります」

沙耶は唾を飲み込み、黙ってうなずいた。

「あなたはいま、ふたつの扉の前にいます。どちらの扉を選ぶのか、審判の日が近づいています」

「その扉は、あの世への入り口ということですか?」

「そのとおりです。どちらの扉が開くのかは、あなたが亡くなったとき、家族の中に心からかなしむ人がいるかどうかで決まります。このことを、よくおぼえておきなさい」

そう言って、仏様はすっと姿を消し、寝室は暗闇と静寂を取り戻した。

沙耶は夢を見ていたのではないかと自分を疑ったが、意識はたしかに覚醒している。

「ふたつの扉……」沙耶は口の中でそうつぶやいた。

次の土曜日、沙耶の屋敷に五人の子供が集まった。松永と田口、そして顧問弁護士の今井も同席した。

「みんな、今日はよく来てくれたね」

沙耶は上座から謝意を言葉にした。

「母さん、いったい何があったの?」

長女の晶が心配そうな顔を浮かべる。

「そうよ」

「姉さんと一緒に心配してきたのよ」

晶の言葉に反応したのは、次女の英津子と三女の美馬だ。

「どうでもいいけど、こっちは忙しいんだからさっさと話を始めてくれよ」

末っ子の浩がぞんざいな口を利くと、晶が「子供じみたことを言わないで。どうせパチンコに行きたいだけでしょう」と、たしなめる。

浩はうらめしそうに唇をとがらせた。

 

👉『短編集 熟言 一巻』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】夫の不倫現場に遭遇し、別れを切り出した夜…。「やめて!」 夫は人が変わったように無理やりキスをし、パジャマを脱がしてきて…

【注目記事】「いじわる…しないで下さい」…背中のフックを外され、左右とも指でなぞられた。口に含まれ舌で転がされると声が出てしまい…

 

ゴールドライフオンラインは、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp