【前回記事を読む】3億円当選…!?  慌てて帰って靴も脱がずに報告したのに「何かおかしくない?」─言われてみれば、ここ最近の3件の出来事は…

ふたつの扉

沙耶は後部座席に座り、車窓越しに外を眺めていた。景色は見た瞬間に後方へ流れ去り、みるみるうちに遠のいていく。

つい先ほどまで、天にも届きそうなビルを見上げていたが、高速道路を走りながら右手に望むのは、見渡す限りの田園風景だ。その移り変わりの早さに、瞬く間に過ぎていった人生が重なる。

「松永や」

ハンドルを握る松永に声をかけた。

「お前が家に来て、どれくらい経つかね」

「もうすぐ四十年になります」。

松永はバリトンの美声を響かせた。古希を間近に控えるこの男は、しかしいまも矍鑠と(かくしゃく)している。

「田口が来たのも同じ年かしら」

「左様(さよう)でございます。沙耶様のご商売が軌道に乗り始め、私は運転手兼秘書、田口は家事手伝いとして働き始めました。末の浩様が生まれた年で、毎日にぎやかでしたな」

松永の声色は過去への郷愁を帯びていた。

「松永、あなたには本当にお世話になりましたね」

「とんでもございません。私こそ幸せな人生を送らせていただき、感謝しております」

「でも、どうやら先にお迎えが来るのは私らしいわ」

「沙耶様、どうか気をしっかりお持ちくださいませ。近年の医学の発達は目覚ましいものがあります。最先端の治療を施せば……」

松永の言葉はそこで途切れた。先ほど医師から言い渡された沙耶の病名を思い出したのかもしれない。

「松永、子供たちを全員集めてください。日程の調整はあなたに任せます」

「承知いたしました」

沙耶は窓の外を見た。萌黄(もえぎ)色の稲が風に揺れていた。