白川の説明では、武田軍は敗れはしたが織田・徳川連合軍の一方的な戦局ではなかった。ただ、兵力数や鉄砲の弾数に武田軍は劣っていたということであった。そして長篠合戦の開戦理由に鉄砲の弾に必要な鉛を産出する鉱山が長篠にあり、軍事物資を押さえる目的があったという説明があった。これは茅根には腑に落ちるものがあった。
武田の総大将勝頼は午後二時頃退却を決断、織田・徳川の追撃の中、わずかに二人の武将を連れて戦場を離脱、信濃を経由して敗走した。勝頼の退却の殿(しんがり)を務めた馬場信春(ばばのぶはる)は勝頼が撤退したことを見届けて戦死したという。
それにしても武田勝頼は敗者となりながらも躑躅ヶ埼館(つつじがさきやかた)にまでよく敗走できたものだと茅根は感心した。家康が三方原で信玄に散々な目にあい、浜松城に逃げ帰ったことは有名な話である。信長が浅井・朝倉の挟み撃ちにあって鯖街道を京都まで逃げ延び九死に一生を得たことも知られている。
これらのケースは武将たる者生きてさえいれば、たとえ一時は敗走しても軍の立て直しはいくらでもできることを示している。武田勝頼も必死に逃げ延びたのに相違ない。
躑躅ヶ崎館で留守を守っていた信玄の娘の松姫、菊姫は、敗走してきた勝頼に接し戦いの詳細を知った時、どんなにか動揺したことだろう。そこには亡き父・信玄がやり残した徳川領国を制圧するために出陣した時の勝頼の雄々しき姿はなかった。
前年に家康に奪取された高天神城(たかてんじんじょう)を取り返して帰還した時の戦勝気運はどこへ行ったのか。二人は手を取り合って武田家の前途に不安を感じたに違いない。松姫は、敵方であるとはいえ、婚約破棄後も便りをくれる信忠の身をも案じたことだろう。
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