第2章 彼女はここにいる
その連絡は、一週間ほどあとに来た。
『今度の日曜、そっち行ってもいい? ちゃんと、紹介させてほしい』
メッセージアプリの画面に並ぶ文字は、いつもの息子の文体だ。句読点の打ち方も、変に丁寧な「ですます」も、学生の頃からあまり変わっていない。ただ一つ、「ちゃんと」という言葉だけが、妙に重く感じられた。
『わかった。鍋は、やめておく』
そう返すと、『任せる』と短いスタンプが返ってきた。
画面を閉じてからしばらく、私はテーブルの上に置いたスマートフォンを見つめ続けた。
紹介。
その言葉から連想されるものは、この年齢なりにいくつかある。
会社の部下を紹介するときの、少し誇らしげな調子。
取引先に新しい担当者を紹介するときの、形だけの笑顔。
そして──恋人を親に会わせるときの、ぎこちない沈黙。
そこまで考えて、私は思わず口の中で笑った。
「まさかな」
声に出して否定してみても、心のどこかは、都合よくその「まさか」を受け入れたがっている。
息子にもようやく、そういう相手ができたのかもしれない。
そう考える自分の期待が、図々しい中年男のものに思えて、少しだけ恥ずかしくなった。
日曜までの数日間、私はやたらと家の中を片づけた。
リビングのテーブルの上に積まれていたチラシと未払いの請求書を分類し、テーブルに置かれた、妻の好きだった花瓶の埃を拭き、客用の湯飲みを食器棚の奥から引っ張り出した。