本能としてのヘビへの恐怖
ここで紹介したように、たくさんの線画が同時に呈示され、そのうちの一つだけが他と異なっていて、それを見つけてもらうよう教示する実験は「視覚探索課題」という名称で心理学の世界ではよく知られているものである。
それゆえ、どういう刺激を見せるかによって視覚探索課題による実験は無数に行うことができる一方、今回のように類似した刺激(つまり怒り顔と笑い顔)で、検出速度に明瞭な差異が生ずるケースはそうざらにあるものではない。
例外的な部類に属するものといっても過言ではなく、ほかに類似した結果としては唯一、ヘビと花の写真を用いた場合に同様の現象が起きることが知られている。
たとえば、九枚の写真を同時に呈示してみる。そのうち八枚は、ヘビの写真あるいは花の写真である。残り一枚が、花ないしヘビの写真。そこで他の八枚と異なる一枚を見つけ出すよう求める。すると、花の写真のなかからヘビの写真を探しだすときの方が、反対にヘビの写真のなかから花の写真を見つける場合よりも、速度が速くなる。
もうおわかりかもしれない。この場合も、どうしてヘビの写真を探し出すほうが難易度が下がるか(速く見つけられるか)というと、この生き物の存在が動物としての人間にとって脅威に映るから、としか考えようがないのである。
ヘビは人間にとって異種でもあり、怒り顔は同種の存在であるという表出の違いはあるものの、身に危険がふりかかる可能性がある、という点では共通している。だから、そういう対象に感受性を鋭くすることは、適応的な対処といえる。
ところがコミュ障の人は、そうした自身が生きていく上で不利になることが予期される条件が迫ってきても、頓着しない側面を持つ。こう考えると、先の実験の〇・一~〇・二秒の違いの持つ意味合いはあながちささいな数値の差でないことが明らかだろう。