【前回の記事を読む】一人の優秀な研究者が自死にいたるという悲劇的な結末を生んだ──科学研究界での“当たり前”をマスコミが大騒ぎで責めたて…

第1章 悪意のない欺き――困ったちゃんとしてのコミュ障

「ウォーリーをさがせ」実験

コミュ障の人が、周囲のネガティブな反応に対する感受性を欠くのは、子どもの頃から見受けられる特徴であり、また高齢にいたるまで生涯を貫く特徴といえる。「三つ子の魂百まで」、いや「スズメ百まで踊り忘れず」の方が、お似合いというところだろうが。

大学院生とともに、九歳の子どもを対象に実験を行ったことがある。

その実験では、被験者になってもらう小学三年生の児童ひとりひとりに、コンピュータの前にすわってもらう。コンピュータの画面には図1-1の上あるいは下に示したような絵が一つずつ呈示される仕組みになっている。

二枚の絵をそれぞれ見ていただくとわかるように、どちらにも計一二個の人の顔らしき線画が描かれている。そのうち一一個はまったく同一のもので無表情だ。ところが残りの一個だけは違う。何やら表情らしきものが認められる。しかも上と下とでは、その表情が異なっている。

上は、けわしい顔つき、下は柔和であることに同意しない人はまずいないだろう。上の絵に示された表情を怒り顔、下の方を笑い顔と定義することにする。

これが本当に怒り顔、笑い顔といえるのかについては、異議を唱える向きもあるかもしれない。おことわりしておくが、便宜上の命名である。

要は、上がネガティブ(否定的)な表情表出、下がポジティブ(肯定的)な表情表出ということと受け止めていただきたい。

さて、被験者の子どもに与えられた課題はというと、それぞれ一二個の顔の線画の中から、一個だけ存在する特定の表情を示すものを、できるだけ速く探し出す、というものなのである。そして、それに手で触ってくださいと指示する。

コンピュータの画面はタッチパネルになっている。つまり銀行やコンビニにあるATMと同じようなものだ。触れると直ちに、画面は消える。

さらにコンピュータが、どれだけの時間で被験者が、特定の表情(怒り顔か笑い顔)の線画を探しあてたかを計測し記録する。

画面はいったん答えたあと、しばらくすると次の一二個の顔が描かれた図が登場する。今回も一個だけが怒り顔か笑い顔になっている。

ただし、それが全体の中のどこに交じっているかは前回と異なる。こういうことをくり返し、九歳児が怒り顔と笑い顔を発見するにいたる反応時間を算出してみたのだった。

私は、「ウォーリーをさがせ」実験と呼んでいる。

コミュ障の子どもは怒り顔を見つけるのが苦手

このようにセッティングを整えた上で、実験を二グループの学童で行ってみたのだった。第一グループは、ごくふつうの小学三年生の児童、そして第二グループは、コミュ障の子どもと判断される児童である。

両グループとも学業の成績はまったく変わらない。知能指数(IQ)の値にも、差がない。ただし後者のグループに含まれる子どもは、学校内でも校外でも子ども同士の付き合いに問題を抱えている。

先生や保護者との意思疎通にも困難があり、それがもとで相談施設や診療施設を訪れ、定期的な面談を受けている児童にほかならない。