十 日本の原理 平成29年1月11日 日本海新聞 私の視点

人間とは間違えるものであると齢86ともなると断定的に思われる。人類も間違えつつ進歩した。

一人の人間も若い時と還暦近くなると真反対の変容を見せる人もある。

歴史を見て、国家とて所詮は人間が運営するから間違える。

宗教も、実際に神様や仏様を見た人間は存在しないが元祖の人間が見たような事を言ったに過ぎまい。その人間のそれを何千年も信じたままというのも奇妙である。

だからそれらの国は安定しない。人間は間違える存在である。

だが、大自然、大宇宙の存在物は全て絶対的存在で、存在自体は少しも変わらない、不変である。

大自然に存在している存在物は全て絶対的存在であり、存在自体には、正も邪も、善も悪もない。正邪善悪は相対的なもので人間のご都合である。

太陽はその大自然の中心的存在で絶対的存在として大自然の中心に位置する。その太陽を天照大神として神道の御本尊として仰いだというのは、地球の存在物・人間の在り方として実に大正解であった。

間違える存在・人間の作り出したイデオロギーを国是とした国々は、常に革命により国民は血を流すことを繰り返している。

日本国はこの天照大神、即ち大自然を恐れ慎み畏敬し大自然の原理に忠実に順応してきたから地球の存在物として地球の原理に合致していることとなり連綿たる継続性が日本に付与されたのも当然なこととなる。

だから二千年間、日本は連綿と続いていると考えることができる。

国民も国を信じて疑わない。殆どの国民が日本人として生きたいと願っている、

一部の外国のように9割近くが外国へ移住を希望するということにはならない有難い国なのは大自然畏敬を原理としているからだ。