【前回の記事を読む】温泉旅行の途中で金が尽き、同伴女性を地元のゴロツキに「売り飛ばした」男…数日後、女が逃げ帰ってきて…
2.そして私は、土建屋に入った。
しかし春夫さんは、そうしたゴロツキなど歯牙にもかけなかった。組には所属していないのだが、「キリの春夫」と恐れられ、傷害事件で二度刑務所に入っていた。
「いやあ九ちゃん、大勢に囲まれてウダウダ言われたとき、『なんだ、この野郎』と唸って、ドスをサッと抜いて、二、三人に切りつけると、クモの子散らした様に、みんな逃げて行くのは、気持ちがいいもんだぜ」
当時五十代の春夫さんは、植木等に少し似ていて、私にはいつもニコニコして可愛がってくれたので、そういった話はピンとこなかった。
ところが、ある日、春夫さんの裏の顔をしっかり見ることなり、唖然とすることになる。私は友人が、東京住まいで要らなくなったから、と二十万で押し付けられた中古のシグマに乗っていたが、今、思えば事故車だったのか、ハンドルの切れが私でも分かるほど悪い。
いよいよ、乗り換えようと思っていたどころ、折良く(折悪しく?)春夫さんが来たので、車屋の知り合いはいるか尋ねた。
「勿論さ、いっぱいいるよ」
そう言って、私が休みの日に、その一軒に連れて行くと約束してくれた。当日、シビックに乘ってやって来た春夫さんに乗せてもらって、中古車販売店に向かったのだが、二車線の環状線に入ると、グンとスピードを上げ、どんどん、前行く車を追い越していくので、私は驚いた。到着すると、思いのほか、大きな中古車展示場で、たくさんの車種があった。
しばらく見て、私はカリーナの1600ccが気に入った。だが90万で、予算オーバだった。それでも、すぐ立ち去りかねていた私に春夫さんが「気に入ったのか」と言った。
「ええ、だけど予算オーバーなんでね」
「いくらまで出せる?」
「40万までだよ」
そういって苦笑いする私に構わず、春夫さんは、店員を呼んだ。「春夫さん」と呼んでいたから、その店員も実際、知り合いなのだろう、もし二十万くらい下げてくれたら、親に借金でもして、買おうかなどと考えていた。
実際、その店員は「春夫さんじゃあしょうがない」と二十万はすぐ下げてくれた。しかし、春夫さんは「こんな車ただ同然で仕入れてくるんだろう」と始めて、更に十万、下げた。
それでも粘る春夫さんに、店員は少し怒ったように「いかに春夫さんでも勘弁してください」と強く返してきた。
しかし、そう来た途端、春夫さんの眦が吊り上がり「何だ、この野郎」と始まった。その時、初めて、春夫さんの口が人より大きいことに気づき、そこから頑丈そうな奥歯が凶暴そうに光っていた。店員は十分と持たず、とうとう40万で売ることを泣きそうな顔で承知するしかなかった。