「置いていきません」

よし子は、その手を握り返した。

「私、何度でもここに帰ってきます。テレビに映っても、雑誌に載っても、どこへ行っても。最後はあなたの隣に、必ず帰ってきます。だって、ここが私の家だもの」

雅彦が笑った。あの、好きな笑い方だった。

(この笑い方が、好き。私が守りたかったのは、この笑顔だったのに)

そして、湯けむりのなか、二人は静かに唇を重ねた。1年半前のあの夜よりも、ずっと深く、ずっと優しいキスだった。

取材最終日、よし子は藤色の着物に袖を通した。鏡の中の自分が、少しだけ誇らしく見えた。

カメラの前に立つとき、水城が言った。

「女将さん。今日は、ご主人もご一緒に。これは、お二人の物語ですから」

雅彦が、ぎこちなく、よし子の隣に並んだ。藤乃屋の縁側で、肩を寄せ合う二人を、夕陽がやわらかく照らしていた。

放送のあと、SNSには温かいコメントがあふれた。

「素敵なご夫婦」

「こんな歳の重ね方をしたい」

――その言葉に、雅彦が照れている。

(隣にいるこの人と、同じ湯けむりの中で、何度でも笑っていけたら)

よし子は、声を上げて笑った。そう思える朝が、また、始まっていた。

愛され未亡人の、湯けむり恋物語 番外編1
『湯けむり宿の女将と、嫉妬のさざ波』 終
番外編2『倒れた夫と、もう一度の湯けむり』は7月スタート。お楽しみに!

 

 

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