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ナショナル・ギャラリーはトラファルガー広場に面する、世界最大級の美術館である。心地から指示されたように、正面左側にあるセインズベリー・ウィングを右に回り込み、さらに右へ折れると美術館の裏手に出る。そこには絵画鑑賞客以外の外来客と職員用、つまり、管理・総務・企画・収蔵・研究・展示などの各部門と、美術品の搬出入に利用されるサービス用の玄関がある。
宗像はガードされた入り口の受付カウンターで守衛に名前を告げ、美術資料専門委員のモーニントン女史との面会を申請した。話は全て通っているらしく美術資料部のICカードを手渡され、胸に付けるように促された。衛視二人が立つセキュリティ・ポイントを抜けて直進し、右折すると、両側に同じような扉が連続する広い廊下に出た。
そのうちの一部屋に通されると、案内の女性は姿を消した。カーペットが敷き詰められた四十平方メートルほどの広さの部屋は、廊下に面した壁だけがフロスト・ガラスを使用したガラス・スクリーンになっている極めてシンプルな内装だった。
さほど待たされることもなく、その半透明のガラス戸が静かに押し開かれた。宗像は美術資料専門委員という役職から、その人は職業柄眼鏡をかけ、紺のスーツを着込み、左の襟には金色のブローチなどの小さいアクセサリーを付けた、年配の女性の姿を想像していた。しかしこの思い込みは、完全に裏切られることになった。
応接室に姿を現したモーニントン女史は、少し小柄な体躯だが、栗色の髪をショート・ヘアーにまとめ、くっきりとした緑色の瞳を持つ若々しい女性だった。しかもなかなかの美人である。
大柄な幾何模様がプリントされている明るいピンクのブラウスに、白と黒のヴァザルリ風のスカーフを首に巻き、黒いパンツにピンクのベルトを締め、黒いエナメル皮のパンプスといういでたちには驚かされた。それらの衣装や小物が、彼女の身体の細さとプロポーション、そして眼の緑を強調しようとする考えから選ばれていることは明らかだった。
女史は左脇に抱えた青いファイルを傍らのサイド・テーブルに置き、右手を差し出しながら自己紹介をした。それは明るく透明感のある声だった。
「メリー・モーニントンと申します。こちらで美術資料の専門委員をしています。心地先生には日頃から大変お世話になっておりますので、お話は事前に大体お伺いしてございます。お役に立てましたら嬉しゅうございます」
イメージと違った女性の登場で、宗像は一瞬言葉に詰まりながら挨拶を返した。
「宗像俊介です。心地とは大学時代の同級という間柄です。大変お世話になりますが、本日はピエトロ・フェラーラという画家に関して、こちらへ伺わせていただきました」
「先生から電話を受けまして、すぐ資料の検索をいたしました。ピエトロ・フェラーラにつきましては、私どもに四点の資料があることが確認できております。はい、全てこちらにお持ちいたしました」
そう言いながら、先ほどの青いファイルをセンター・テーブルに置き直し、薄い図録三点とハード・カバー本を取り上げて宗像に差し出した。
「えっ、あったのですか? それではさっそく拝見させていただきます」