【前回の記事を読む】「旦那さん、十分な給料もらってないのね」スイスでの生活中、仕事と育児を両立していたらバスで会った女性に言われて…
Part1 私のスイス生活の始まり
2. なぜ、スイスに30年間住むようになったのか?
~私が体験した日常のスイス~
国内で引っ越すと、言語も変わるスイス
フランス語圏ニヨンで暮らし、娘が通っていた中学校は、クラスの3分の1は外国人でした。娘の友達には旧ユーゴスラビアからの難民の家族の子どもヴァネッサや、フランスからスイスへ引っ越してきたルイザンがいました。
当時、クラスの半数はモザイクファミリー(再婚同士、異母兄弟がいる家族)で、日本とは異なる子どもの環境に私は驚きました。
娘は、幼稚園から小学2年生までドイツ語の公立学校、その後引っ越して中学卒業までフランス語の公立校に通っていたので、ドイツ語とフランス語のバイリンガルです。高校はボーディングスクール(ドイツ語セクション)で過ごし、寮生と英語を話しているうちに英語に興味を持ち、イギリスの大学へ行きました。
娘の場合は偶然も重なって、多言語環境で育ったこともあり、ドイツ語、スイス語、フランス語、英語、日本語が理解できるようになりました。
こうした多言語話者になるケースは、スイスではそれほど稀ではありません。但し、親がその環境をどう作ってあげて、その言語を維持させ、習慣づけ、訓練していくかにかかっていると思います。
私と娘の会話は日本語です。日本語は、現地の日本語補習校に小学校から中学2年まで週1回通いました。
家で日本語を話していても、外では違う言葉を話しているので、どうしても周りで話されている言語に押されてしまいがちです。忙しい日常生活の中、子どもは日本語を話すのが億劫になり、時々単語だけ現地語になったりしてしまうこともあります。
いわゆる「チャンポン」の状態ですが、お互いそれを確認し合って、すぐにどちらかの言語に直すので、言語が混ざり続けることはありません。