眼下には、昼間は緑をたたえる芝公園が黒々と横たわっている。増上寺も見える。今なら参拝者もいないから人目には付かないはずだ。屋根で休ませてもらおう。私はチタン製の瓦を傷つけることのないよう、屋根を挟む上棟の真ん中あたりにそおっと降下する。江戸時代の忍者のようで、にやりとする。
仕事の出張で羽田発着の飛行機に乗るたび、眼下を煌々と照らす東京の夜景に無数の人々の営みを感じていた。それはアリの巣を誤って掘り返してしまったときの感覚に似ている。無数としか言えない数への恐怖と共に、その一つ一つに人生があり、誰もが幸せを求めてがむしゃらに生きている。その熱量に圧倒される。
私はこんな深夜に飛ぶ練習などしていていいのだろうか。人々にとって今は明日に備える時刻だ。いや自分とて、ノンレム睡眠の時間の中でやっているだけのこと。もうすぐ深い深いレム睡眠に取り込まれてしまうのだ。時間がない。
上棟を挟んで立ちあがり、東京タワーの赤い骨格を見上げた。次に両腕を静かに、次第に速く下に向けて振り始める。腕は疲れない。タワーに近づきながら少しずつ上昇していった。
下から見る分には気が付かなかったが、タワーには一定の高さ毎に維持管理のための通路があるようだ。水平部分の柱にも幅があって、いざとなればそこに座って休むこともできそうだ。