進化続く旅路
初めてのヨーロッパ買付けの経験は、進化のスピードを加速化していった。
以降わずか五年程で押しも押されもせぬ業者といわれる迄の成長を遂げていた。様々な事柄を克服して高原の倶楽部の仕事の軸もアンティークに定着した。
使いこなせなかった大空間は、今に至って私達二人を育ててくれるかけがえのない相棒になっていく。私の成長はそのまま倶楽部に反映していた。
一年間で五~六回の旅をして年に三ヵ月余りも海外で生きているという全く予期せぬ人生になっていた。しかしその旅は大変な偏りでツアートラベルは好まず、近くに世界遺産があるにも拘らず、進んで訪れたりはしていない。
観光を目的とする旅の類いにおいても、一度訪れたらもう充分という性分。
しかしこのディーラーという仕事は幾度繰り返しても夢中にさせてくれる。この私にとっての救世主となっていた。
日本にあっては何気ない生き方をしている女も旅先では見違える。海外での日々は幸せに溢れていた。
昔から開催されている月曜日の早朝コベントガーデンの蚤の市。初荷(うぶに)が多く時としてラッキーな出会いを期待して訪れるディーラーは多かった。
ファッションビルや劇場が集まるエリアは夜には賑わいを見せる。不定期ではあるが夜に蚤の市が開かれている時も有った。早朝には出会わない光景を記憶している。
セント・ポール教会前に旗をかかげた日本の観光ツアーの添乗員の説明を聞いている十数名のツアー客。めずらしいことではなかった。私達世代と思われるような二人連れが多く見受けられた。
何故か笑顔は無く、もめ事で不一致な二人の光景を数回見ている。哀しいけどわかるその様子。リタイヤメントをして訪れた憬れのロンドンの旅はこんなもので有ったのかという、多分記憶にも残らないような集団での詰め込まれたスケジュールに疲れ、夢破れていたのかも知れない。時折見掛けるこの光景は私の心に深く居座っていた。