【前回記事を読む】自転車にも乗れない…そんな私が免許を取りに行くも、何度も不合格に——入校して約半年、教習所内では逸話ができていて…

夫とヨーロッパ同行の決意

二〇〇〇年暮のヨーロッパスケジュールを立てるに当たって「どう、行ってみる?」と夫に尋ねてみた。

「そうだね」と想定外の反応に私は驚いた。

まさか「本当に無理じゃなく――」私は念を押した。

「いいよ」想定外の方向に進みそうな気配に計り知れない不安もよぎる。

四~五日のアメリカでの買付けとは忍耐のレベルが違う。かつてH嬢の誘いに乗った私の場合とは訳が違う。全く路線の異なる夫は二~三日で限界に至ってしまうのではないだろうかと不安だけが浮かんでくる。

しかしここに至りあれこれと考えることは止めよう。夫の気持ちを信じてとにかく二人一緒の方が不安も無く日々が送れる。

私が手を焼いてしまう結果にはならないか。舵は想定外の方向に切られた。

二人で行く最初のヨーロッパ買付け

決断は意外に早かった。こうして二人揃ってトランクを引く姿が十二月のロンドン・ヒースロー空港に現れた。

そちこちにクリスマスの飾りも目に入ってくる頃、かつてH嬢に連れられた情けないまでの初めてのヨーロッパ買付けからわずか四年程の経過で今度は夫を伴ってこの私の先導での二人旅。これは想定外のことだった。

しかしこの旅は希望に溢れ、不安も無く安らかな気持ちで臨めた。

今回はロンドンに入国。ユーロスターでパリに移動してロンドンに又戻るというスケジュールの幕がいよいよ切って落とされた。

私は夫にすべてのフェアーに同行してもらうことは最初から望んではいなかった。夫も自分の気分重視で自由な時間を過ごし旅路に順応してくれていた。

私は夫に気遣うことも無く情け容赦なく行動していた。ホテルで気ぜわしくしている私を見て手伝ってはくれるものの壊れもののパッキン等は成田迄無事な姿はとても望めない仕事ぶり。

自分で希望している訳でもないこの仕事に夫への期待はしていなかった。

二人になると食事をはじめとして私にかかる負担は倍増する。しかしそれでも私は二人の方が良かった。心強かった。

大きなフェアーに同行した折には、再会する場所と時間を決めて自由に仕事が出来るように各々に行動することはディーラーの間では常識であった。

この巨大会場にはシーオーバーラウンジというティールームが設置されていた。

会場内で時折すれ違う日本のディーラーから「ハズバンドは休憩しているわよ」という情報を聞いて不安無く仕事に励むことが出来た。

この日の夫は数点のロンドンアンティークをゲットしていた。後に高原の倶楽部に飾る。後日前面にディスプレイ変えされていた事柄を微笑ましく思い出す。

それはディーラーの本能でもある。

花の木の守り人。夫も大きな進化を見せ始めていた。