この判断が一番消耗する。
行って何もなければ“空振り”。
行かずに悪化すれば“手遅れ”。
どちらも嫌だ。
母の部屋の前で止まった。
起こすかどうか。
5秒迷って、ノックした。
「どうした?」
即起きた。
さすが元現場。
「心拍が速い」
「どれくらい?」
「体感100超え」
「息は?」
「浅い」
「行く」
決断が早い。
チームメンバーはこういう時強い。
救急外来。深夜の独特の空気。
明るいのに静か。人がいるのに無音。時間感覚がずれる。
受付で症状を言う。
「腎臓の持病あり」
これを先に言うようになった。
優先順位が変わる。
トリアージ。脈拍測定。
「速いですね」
「ですよね」
「すぐ心電図取りましょう」
会話が短い。夜勤モードだ。
ベッド。電極。
モニター。ピッ、ピッ、ピッ。
可視化されると逆に落ち着く。
数字は味方だ。
医師が来た。
「不整脈まではいってない」
第一関門クリア。
「頻脈ですね」
「原因は?」
「いくつかあります」
便利ワードだ。
「脱水気味」
「え」
「血液少し濃い」
水分制限と脱水の綱渡り。
腎臓病あるあるの罠だ。
「点滴少量入れます」
「腎臓的には?」
「計算して入れます」
専門は安心する。
点滴が落ちる。
夜中の点滴は、時間がゆっくり流れる。
隣のカーテンの向こうで、誰かが咳をしている。別の誰かがうめいている。ここは戦場の裏側だ。
私は思う。
昼の外来は“表”で、夜の救急は“裏”。
両方見て、医療は立体になる。
だんだんと心拍が、下がってきた。
90台。80台。
胸が静かになる。
音が減ると、人は安心する。
「今日は入院まではいらない」
医師が言った。
「よかった」
「ただ」
ただ、が来た。
「水分管理、再調整しましょう」
やはりそこだった。